細い指が縫って日も浅い皮膚に痛かった。その指が冷たかったのもある。その指が優しかったのも。
猿投山せんぱい。
おう、と返事をすると、ざなげやばぜんぱいっ、と途端にくしゃくしゃに声が崩れた。
なにも言うな、と言うと、本当になにも言わなくなった。嗚咽としゃくり上げる声と洟をすする音と、あと、胸の辺りが温いだけだ。
胸元に顔を埋めて動かない満艦飾の、無星のくせにやけに艶やかで指通りのいい髪の毛に手のひらを滑らせた。満艦飾はなにも言えないに違いない。
目を塞いだのは自分の意思とはいえ、その直接の原因である纏は彼女の親友だ。その礼とばかりにさんざっぱら叩きのめしてやった直後に、なにかそれらしいことを言えるような生徒でないことは、不思議とよく知っている。
だから、そういうことでない、ことも、猿投山は知っている。
満艦飾の涙は、知人が知人によって傷ついたどうしようもないことに対する涙だ。例えば目を潰したのが、蟇郡だろうが犬牟田だろうが蛇崩だろうが、満艦飾はこうやって大っぴらに泣くのだろう。ぜんばいっ、などと、くしゃくしゃに崩れた声をして。纏の気持ちも、恐らくは、ちゃんと飲み込みながら。
そのくらい、わかっている。
纏に敗れた蟇郡がわざわざ無星連中を掻き分けて満艦飾の隣に座を占めるのを見て、猿投山は鼻で笑う。
「楽しそうねぇ山猿さん。よそ見なんて余裕じゃなァい」
蛇崩の嫌みを聞き流し(どうでもいいが、この女の声やしゃべり方はいつでも嫌に神経を逆撫でする。無意識ならば大したものだ)、適当にまあななどと言いながら、顔に巻き付けた布の下の縫い目を思う。そこに触れた満艦飾の指を思う。その指が冷たかったのも、その指が優しかったのも。
別に構わないのだ。そういうことでないことは、もうわかっているのだから。
満艦飾マコは、猿投山渦ではない誰かを、いつも選ぶに違いない。必ず。
それでもあの日の涙はおれのものだ。
(そのくらい、いいじゃないか)
不屈の民
ぴくしぶ再録
猿投山せんぱい。
おう、と返事をすると、ざなげやばぜんぱいっ、と途端にくしゃくしゃに声が崩れた。
なにも言うな、と言うと、本当になにも言わなくなった。嗚咽としゃくり上げる声と洟をすする音と、あと、胸の辺りが温いだけだ。
胸元に顔を埋めて動かない満艦飾の、無星のくせにやけに艶やかで指通りのいい髪の毛に手のひらを滑らせた。満艦飾はなにも言えないに違いない。
目を塞いだのは自分の意思とはいえ、その直接の原因である纏は彼女の親友だ。その礼とばかりにさんざっぱら叩きのめしてやった直後に、なにかそれらしいことを言えるような生徒でないことは、不思議とよく知っている。
だから、そういうことでない、ことも、猿投山は知っている。
満艦飾の涙は、知人が知人によって傷ついたどうしようもないことに対する涙だ。例えば目を潰したのが、蟇郡だろうが犬牟田だろうが蛇崩だろうが、満艦飾はこうやって大っぴらに泣くのだろう。ぜんばいっ、などと、くしゃくしゃに崩れた声をして。纏の気持ちも、恐らくは、ちゃんと飲み込みながら。
そのくらい、わかっている。
纏に敗れた蟇郡がわざわざ無星連中を掻き分けて満艦飾の隣に座を占めるのを見て、猿投山は鼻で笑う。
「楽しそうねぇ山猿さん。よそ見なんて余裕じゃなァい」
蛇崩の嫌みを聞き流し(どうでもいいが、この女の声やしゃべり方はいつでも嫌に神経を逆撫でする。無意識ならば大したものだ)、適当にまあななどと言いながら、顔に巻き付けた布の下の縫い目を思う。そこに触れた満艦飾の指を思う。その指が冷たかったのも、その指が優しかったのも。
別に構わないのだ。そういうことでないことは、もうわかっているのだから。
満艦飾マコは、猿投山渦ではない誰かを、いつも選ぶに違いない。必ず。
それでもあの日の涙はおれのものだ。
(そのくらい、いいじゃないか)
不屈の民
ぴくしぶ再録
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