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ダンガンロンパ他二次創作ブログ。 ごった煮で姉妹とか男女とか愛。 pixivID:6468073
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空が遠い。冬は、空が遠い。温水プールにあお向けに浮かんでガラスの屋根の向こうを見る。ふと、空と水との境目が皮膚と目の奥で繋がる、その瞬間。朝日奈は世界のありとあらゆるものから解き放たれて孤独になる。顔のすぐ横で波打つぬるい水の、その向こうではゴウゴウとなにかが唸っていて、それは朝日奈の耳の奥にゆったりと沈んで真っしろなボルテクスになる。真っしろな、永遠の渦。いくつかレーンを挟んだ隣では、数人が50メートルを何本も何本も繰り返し泳いでいる。水を掻く腕の唸りが、朝日奈のいるところにはまるで柔らかなドレープのように届いた。機敏な弾丸のようなスイマーのからだ。ゆっくりとまばたきをした朝日奈の頬を、まつ毛についた水滴が滑り落ちていく。冬は空が遠い。呼吸するたびに胸が締め付けられるようにきしんだ。1000を2本と500を5本、泳いだ朝日奈の腕はこのまま水にもぎ離されそうに心地よく疲労している。ざばりと、水の音。向こうの彼らが撤収していく。
朝日奈にとっての泳ぎとはただひたすらとにかく水を掻いて掻いて掻いて掻いて前に進むだけの懸命でがむしゃらなもので、それに美しさや優雅さが伴ってきたのはごく最近のことだ。フォームが洗練されればもっと速くなれると言われたので、それを試した。試したら試しただけ速く強くなる自分のからだを朝日奈はこの世で一番信頼している。新しいこと、よいこと、自分を高める行為であればなにもかも、朝日奈は喜んでそれを受け入れた。そのたびに上へと跳んだ。上へ向かうことは楽しかった。よいものと強いもので満たされた朝日奈のからだ。それなのに、と朝日奈はわずかに首を動かした。それなのに空はどんどん遠くなる。上へ上へと上り続けているはずなのに。ガラス越しの空は掃かれたような雲とうすい日光で眠たげに広がっている。ときどき鳥が横切った。冬の鳥も遠い、と思う。手の届かないもの。遠いもの。世界のありとあらゆるものから解き放たれて孤独になってもなお、遠いもの。
ざばりと腕を動かした。背中の水を抱くように、腕を横に広げる。朝日奈の呼吸の音や脈や鼓動が水に溶けて広がって、やがてプール全体がひとつの生き物のようになる。朝日奈と呼吸の音や脈や鼓動を共有した、朝日奈よりももっとやさしい生き物。ゴウゴウと耳元で朝日奈の生命が唸る。それはゆっくりとゆっくりと沈んでいく。真っしろな朝日奈のボルテクス。どんなにか速く強くなってもなお、どうにもならないことがある。その事実は朝日奈を傷つけもしたし癒しもした。どんなに強くなってもどんなに速くなっても、空は遠く遠くにあったし、がむしゃらに水を掻く一個の生命の弾丸でいられたならば、それが自分には一番いいのだと、嘘でも思っていられた。あー。朝日奈は喉の奥で唸った。水が震える。あああああ。あー。ドミソミド、ド。ふふっと笑うと楽しげに水も揺れる。ゆっくりと回る、まわる、朝日奈のボルテクス。やさしい生き物に包まれる幸福。生ぬるい幸福。
石丸う。朝日奈は空を見上げながら呼びかける。あまり長く浸かっていると風邪を引くぞ。石丸のきびきびした声は気持ちがいい、と思う。引かないよ。視線だけを動かすと、石丸の真っしろな制服の膝と脛と、屋内プール専用のつっかけを履いた爪先が見えた。なんか用。施錠の時間だ。あもうそんななんだ。朝日奈は身を翻すと水中に躍り込んだ。途端に世界が返ってくる。朝日奈の世界。プールの底を蹴って膝から下を柔らかくしならせる。朝日奈はぐんぐん加速していく。生命の弾丸。プールの壁を蹴って、さらに速く。もっと速く。もっと、もっと、もっと。遠くへ。水から顔を出すと石丸が拍手をした。素晴らしい速さだ。ニヒッと笑って朝日奈は髪の毛を払った。髪留めが、プールの底に沈んでいる。きみも確かに天才だな。石丸が独り言のように言った。朝日奈は笑う。永遠に届かないものがあることは幸せだ。どこかの檻で、天才と呼ばれることよりもずっと。石丸はそれを知っているのだろうか。朝日奈は思う。そうやってきれいな言葉で蔑んで、誰も彼もを傷つけていることを知っているのだろうか。
朝日奈はプールサイドによじ登る。途端に重力に押し潰されそうになる。石丸は向こうを見ていた。お手本のような石丸の横顔。その目の奥のボルテクス。前ばかり見る石丸。上ばかり見る朝日奈。真っかな石丸。真っしろな朝日奈。手の届かないものに、打ちのめされる地を這う朝日奈。石丸はなにが怖いのだろう。朝日奈はしなやかな脚を振った。膝の後ろを蹴られ、石丸がプールに落ちる。一瞬の驚愕が響き、ずぶ濡れの石丸が呆気に取られた顔を出した。朝日奈は笑う。石丸には、朝日奈の孤独は決してわからない。そして、石丸の孤独は、朝日奈には決して届かない。冬の空は眠たく、生ぬるい幸福に満足などできるはずもなかった。遠く遠く遠くへ、誰よりも高く空の彼方へ、誇りかに放たれる生命の弾丸に、朝日奈はずっとなりたかった。
「石丸なんか死んじゃえ」











イッコ
朝日奈と石丸。
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石をふたつみっつ放り込むと水面が揺れて、波紋がそこに映る男の顔をぐにゃぐにゃに歪ませるのがおもしろくて何度かそれを繰り返した。いい加減うっとうしいような顔をした血色の悪い男は、そろそろやめないか、と呆れ返った口調で言う。え、なんで?貴様が投げ込んだ石はこちらにまで届いているのだ。顔に当たって痛くてかなわん。えっ本当に、と響が顔を輝かせると、嘘に決まっているだろうと男はうんざりしたように答えた。それよりもなぜ嬉しそうな顔をした。もっと違うものを入れてみようかと思って。あれとか、と響は殺風景な石畳に片寄せられた廃材の山を指さす。そんながらくた投げ込んでみろ、承知せんぞ。でもここが片付くからみんな喜ぶと思うよ。響の言葉に男は露骨に顔をしかめた。よくもこんな爆弾娘を連れて来たものだな。ファルセット!何度か呼ばわるも返事はない。いないよと響が代わりに答えてやった。どこへ行った。しらなーい。時計塔の屋上はがらんとして人気はない。
申し訳程度に穿たれた窓からはいい加減赤く染まる空が見えた。床をしかくく切り取る赤光を時おり影がよぎる。響は彼についていくのを咎められなかったのでついてきただけだ。あの時計塔にこんな隠し部屋があったことがまず驚きで、人気はないがそこかしこに隠しようもない生活感がごたくたと転がっていたことがそれ以上におかしかった。ここに住んでるの。興味津々で訊ねると、そうだよ、と彼はなんでもないように答える。ひとり?いいえ。ぼくを入れて4人。家族なの?響の言葉にうーん難しいなぁと彼は首をかしげ、まぁ当たらずとも遠からずといったところでしょうか、と答えた。当たらずとも遠からず。その言葉が気に入って、響は何度か口の中で転がしてみる。うん、いいね。当たらずとも遠からず。そうですか。彼は息を吐くように笑った。今日は、みんないないの。いろいろと事情がありますから。響は後ろで手を組んでうろうろと石造りのそこを歩き回る。水鏡がしゃべったのはそのときで、響はそれが一目で気に入った。
偉そうなおじさん。響は水鏡の脇にしゃがんで、指先で水面に触れる。男の顔がまた緩やかに揺れた。なんだその呼び方は。だって名前知らないから。男は唇を不愉快そうに曲げ、なぜ貴様のような小娘がここにいる、と先ほどから何度も繰り返している問いかけをまた響に投げつけた。だって帰れって言われなかったから。ええと、ファルセットに。ここは子どもが遊び半分に来るような場所ではないのだぞ。でも帰れって言われなかったよ。だったら言ってやろう。今すぐ帰れ。そして二度とここに近づくな。響はむくれる。おじさんに言われたって知らないよ。わたしはファルセットと一緒に来たんだから。ならばあれの口から帰るように言わせてくれる。ファルセット!だからいないんだってば。男は歯ぎしりのような唸りを上げて髪の毛を掻きむしった。古いワインのような赤い髪の毛。響はまばたきをして水鏡を見つめる。おじさんおもしろいね。男はどっぷりと疲れたような顔で響を見る。
響はおもむろに靴を脱ぐと、そっとつま先を水鏡に降れさせた。わっ冷たい。何をしている。突然足を突っ込まれた男がうろたえたように言った。入れるんじゃないかと思って。入れるわけがないだろう。男は慌てたように言い、シッシッと響を追い払うような仕草をした。入れるよ。響はむきになって、そこに飛びかかろうと身構えた。男の顔が青ざめる。よせ!その言葉に呼応したように、響の両腕が後ろからそっと掴まれた。どうしたんです。首だけで振り向くと彼がぱちぱちとまばたきをした。裸足で、なにしてるんです。ファルセット!貴ッ様ァどこをほっつき歩いていた!いえすみません別に大した用事では。激昂する男にへこへこと頭を下げながら、彼はそっと響を水鏡の死角へ連れ出した。いつの間にか手に靴も持っている。怒られちゃった。あのひとはいつも怒っていますから。悪びれずに言う響に、彼は困ったような顔をした。それより、これを。差し出された靴を受け取る。あしのうらが冷たい。
ファルセット。響は手を伸ばして、今度は逆に彼の両腕を掴んだ。その目がじっと響を見る。帰れって言わないで。まだ。少しでいいから。彼は一瞬考えるような顔をして、首を伸ばして水鏡を見た。男の声は聞こえない。帰れって言われたけど、わたしはまだ帰りたくない。あのおじさんとも、また話したいんだ。彼はそれには答えずに、あのひとが怖くないの、と問いかけた。うん。怖くない。響は頷く。おもしろいおじさんだったよ。彼はそれを聞いて、崩れるように笑った。窓から射し込む光は力をなくし、濡れたつま先が今さら冷たい。ファルセット。あのね。言いかけた言葉は喉元に絡んだ。咳き込むように笑って、響は彼の胸に額を押し当てる。帰れって言わないでくれてありがとう。どういたしましてと彼が穏やかに言う。あの水鏡に飛び込んでいたらどうなっていたのだろう、と思う。彼は追ってきてくれただろうか。それとも。(それとも。)








ガニメデトラベラ
スイプリ。メフィストと響とファルセット。
いつから彼がそこにいたのかはわからないが、気づいたら彼の場所に足を運ぶのが習慣になっていた。彼はいつもひっそりとうずくまるように座っている。広場の階段の隅であったり、モニュメントの近くのベンチだったり。人混みからわずかに離れた場所に、彼はいつもひとりで座っている。ひっそりと、うずくまるように。そして誰もが彼に気づかないように通りすぎていく。彼の髪の毛は桜のような色をしていて、遠目で見ても恐ろしく目立つというのに。響は長い脚をいっぱいに使って駆けると、あっという間に彼の隣に座を占めた。そうしてはじめて気づくように、彼の柔和な顔が響を見る。学校はもう終わりですか。うん。響は生返事ぎみに頷くと、膝に置いた鞄をかき回した。帰りしな買ったキャラメルメロンパンの袋が、教科書の間でくちゃくちゃに潰れている。紙の袋をばりばりと破り、スカートにざらめの溢れるにも頓着せずに響は出てきたメロンパンをふたつに割った。あげる。彼は意外そうな顔をして、それでもありがとうとそれを受け取った。
響がメロンパンにかじりつくのを待ってから、彼もパンを口に運ぶ。はみ出たクリームの指につくのを舐めながら、響はそのくたびれた横顔を盗み見た。あんまり若くないな、と思う。パパとどっちが年上だろう、と。目の下に隈がある。彼がまばたきをするたびに、そこがわずかに引きつるように動いた。量の多くゆるやかにうねる髪の毛も、濃い眉も、垂れた目の奥の瞳も、覚めるほど鮮やかなピンク色をしている。なんて目立つあたまなんだとじっと彼を見ていると、ふとこちらを向いた彼と目が合った。へへっと笑うと彼もふにゃりと笑った。笑顔はパパよりずっと若い(、というか、幼い)、と思う。ごちそうさまです。彼は手に残ったざらめをさらさらとはたき落とす。どういたしまして。指を舐めながら答えると、彼は着ている白いブラウスの袖を伸ばして、響の顔に手を伸ばした。ついていますよ。口の脇についたクリームとざらめを拭われて、響はまばたきをする。ありがとう。どういたしまして。彼はまたふにゃりと崩れるように笑った。
響はハンカチで手を拭うと、優しいんだね、と言った。その手で彼の袖を引き、乾いた手を取って袖をじっと見下ろす。汚れちゃった。気にすることありませんよと彼は本当になんでもなさそうに言った。あれはいつだったろうか。歌が苦手なんですと彼は言った。冷たい風の吹いたかはたれ。もう暗くなる街の灯の、あえかに揺れる春の終わり。いつから彼がそこにいたのかはわからないが、それが初めてでは、おそらく、なかったような気がする。わたしの友だちがさ。響は彼の手を取ったまま言う。カップケーキ作るのが上手でね。へえ、と彼の声がする。響の視線は彼の手に落ちたまま、ゆるやかにそのくたびれた手をなぞる。今度もらってくるよ。また一緒に食べよう。投げ出した響の靴の先を風が吹く。甘いの、好きでしょう。そう言って彼の顔を見る。柔和に微笑む横顔。もう帰らないと。まるで子どもみたいなことを言うと、彼は響の手を取って立たせた。また明日ね。響の素直な声に彼は手を振る。
約束に意味はないけれど、それを重ねる限り、昨日を繰り返すようにまた会えるのだと、どちらからともなくそうするようになった。いつからそこにいたのかわからない彼と、いつ出会ったのかも思い出せない響が、昨日の延長をぐずぐずと寄り添うことはそう不幸なことでもなかった。楽譜の端の繰り返し記号に跳ね返されるように、ただ昨日に戻るだけの明日ではあったけれど。彼の目立って仕方がないあたまはいつの間にかどこにも見えない。はにかむように言った、歌が苦手なんだという言葉を思い出す。同じだね、と響は言った。あのとき。わたしもピアノが苦手。彼はなんと言ったろう。どうしてもその先を思い出せずに、何気なくスカートをはたくと、落ちきらなかったざらめがつぶつぶと溢れた。繰り返すのは悪いことではないと響は思う。いつ出会ったのかも思い出せない彼が、いついなくなっても不思議はない。いつか彼を望まなくなる日が来たら、二度と会えなくなるのだと気づいていた。











輝かない
スイプリ。響とファルセット。
いろいろ超次元設定。
彼は幼名をザヴェーリォ、という。古い家に生まれた。敬虔な神の児であるところの父母の間に、彼らの六番目の児として産まれた。サン・フランシスコ・ザヴェーリォ・サクラメント。彼が後のザビーである。
ザヴェーリォは幼少より神の教えを一身に受けて育つ。聖書を読み聖歌を口にし、隣人を慈しむ愛の児であった。身も心も神に捧げ、いつか来る裁きの日に新たな国を創る尖兵として選ばれるためならば、ザヴェーリォは努力を惜しまなかった。しかしザヴェーリォにはひとつの野心があった。それは清貧とはほど遠く、また神の児が抱くにはあまりにも俗塵じみたものだったが、それは日に日に膨らんではザヴェーリォを支配する。ザヴェーリォの望みは海の向こうにあった。まだ見ぬ黄金郷を掌握し、やがて自らの魂の内なる父にそれを捧げる。世界はこの国にとどまらないとザヴェーリォは知っていた。我が愛する父がその拠り所とするには、これしきの国などなんになろうか。父の玉座にふさわしい場所が必ずある。あの海の遥か向こうで、自分がそれを設えて待つのだ。それは愛の児ザヴェーリォが生涯を賭けるに値する望みであった。
ザヴェーリォは神のそもそもの本質を本能的に理解していた。神とはすなわち身の内に宿る王である。生命のほかのすべてを支配する、唯一無二の存在である。讃えられ祈られて、そればかりが、我が王の存在理由であるはずがない。あってはならない!ザヴェーリォは人生の半ばで早くもその答えにたどり着く。彼の生まれ持った好奇心と功名心が、この考えに拍車をかけた。神はいつでも己と共にある。己が身の内で、開花なるときを待っている。その考えはザヴェーリォをより高みへと向かわせた。学問を修め語学を修め、ザヴェーリォはついに海へ出る。彼の発つ数年前に、ポルトガルの宣教師が東洋の島国へ流れ着いたという話を聞いていた。まずはそこへ向かうつもりだった。東の黄金郷。神の玉座。そこへ君臨する王。青年期の円熟を迎えつつあるザヴェーリォにあるのは、はや老獪に近い野心のみであった。
海を越え、数ヵ月を費やして、ザヴェーリォはかの宣教師とおなじ小さな島国にたどり着く。気候も人柄も穏やかなその国は、ザヴェーリォが知るものとは全く違う生活が営まれていた。神と共に暮らす人々。それはザヴェーリォにとっての神の在り方とは異なるものだった。この国の人間は生活の至るところに神を見出だし、彼らがどのような出自の神であろうと等しく畏れ、敬い、それ以上に隣人のように愛していた。ザヴェーリォはその姿に感嘆し、驚愕し、絶望する。なんと、なんと憐れな。彼らは理性も意識も超えた崇高なるものの存在を知らぬまま、ただ得体の知れぬ異形の神に惑わされ、泥にまみれて暮らしている。支配されることの絶頂、極限、それに至れる日を四肢を焦がして待つ、あの至福の祈りの日々を、知らぬまま。知らぬまま。

野蛮な国だ。だからこそ父の火が必要だ。焼き尽くした更の大地に、一からその玉座を!築こう!

祈りと業火と布教のうちに、やがてザビーは知ることになる。この細やかな、吹けば飛ぶほどに小さな国に住まうものどものこころに巣食う、宝石ほどに不変なるまばゆいほどの武と魂の頂を。ザビーは恐怖した。この国はこのままではいけない。日ノ本は必ずや我らが神の国に牙を剥く。父よ、父よ。我が身に根を張る永遠の父よ。
排除すべきは誰なのでしょうか。











有神問答
戦国バサラ、ザビー。
一から十まで捏造です。
髪の毛は何度も脱色したのでごわごわに傷んできれいにまとまらずに広がる。それをろくすっぽ櫛も入れずにざっくりと分け、生え際で結わえると江ノ島盾子の出来上がりだ。髪の毛には自分で手を入れるなと言われていた。今をときめくスーパーモデルの盾子には専属のスタイリストが5人もついている。髪だの服だの爪だの肌だのをちゃきちゃきといじくられて誕生日のプレゼントみたいに仕上げられ、長い手足を惜しげもなく晒してジャングルのようなカメラの前に立ちながらであっても、盾子の脳みそは今をときめく超高校級の絶望である。悪巧みが得意な顔だとついこの間寝た某誌の編集長が言ったので、盾子は彼のからだの上で思いきり背中を反らせてやった。案外こういう身も蓋もない(、という言い方は正しいのだろうか?)男の方が自分の本質を見抜いているような気がする。睦言などは寒気がするのでそういう方がいい、と盾子は思っている。手櫛でざらりとかき分けられた髪の毛は必ず男の指に絡むので、つまりそういうことよ、と盾子は既に割り切っていた。
戦刃むくろの髪の毛は長く伸ばされることがない。戦場においてはそれこそ髪の毛一筋が生死を分けることすらも稀ではないという。だからむくろは髪の毛を伸ばさない。いつでも肩の辺りで無造作に切られたつややかなむくろの黒い髪。今度いつあっちに戻るの。スニッカーズをかじりながら盾子はグラスに牛乳をどぼどぼ注ぐ。水着のグラビアを控えているのでマネージャーに甘いもの禁止令を出されている。割に旺盛な食欲で盾子は牛乳をあおった。しばらくは行かない。つっけんどんなむくろの声はこれでも常態であり、むしろ機嫌がいいな、と盾子は思った。昼間から盾子がいることが嬉しいのだろう。ここしばらくは忙しかったのであまりむくろに構っていない。飲む、と牛乳を指すと少し考えてから飲むと答えた。別のグラスを出して牛乳を注ぐ。手を伸ばせばなんにでも届く生活に、戦場帰りのむくろはまだうまく馴染んでいない。リビングのテーブルの上で組まれたしろい手の甲にはフェンリルの刺青が掃かれている。
何人殺したの。むくろの前にグラスを置いて、自分もその向かいに座りながら盾子は言う。覚えてない。むくろは両手でグラスを包むように持って、そこに目を落としながらやはりつっけんどんに答えた。戦争だから。幾百万人殺せば征服者、っての、こういうのも。ジャン・ロスタンか。むくろは意外そうな顔をして、冷たいグラスを吹くようにした。幾百万人もはいなかったかな。そうして少し考えてから真面目な声で言う。少なくともわたしたちは一人も死ななかった。まさに絶望だね。そうでもないよ、とむくろのそばかすがわずかによじれた。人為的に引き起こせるものなんて絶望とは言わない。その言葉に盾子は自分のからだを両腕で抱く。ああっもうッ、残念なお姉ちゃん!椅子の上で大袈裟に身をよじる妹の姿にむくろは目を丸くした。なに。あのねえ、と盾子は真っ赤な付け爪の指をむくろに突きつける。あたしたちは人間なのよ。叡知の申し子考える葦なのよ。煙か土か食い物しかないなら死んだ方がましだわ。そうじゃないの。
むくろは静かにまばたきをして、息を吐くように笑った。そうだね。盾子もまたにまりと笑う。当然よ。わたしたちもつくづく業が深い。椅子に深くもたれ、天を仰いでむくろは言った。無防備な真っ白いむくろの喉。つまりそれらは"叡知ある"人間の為すべき所業でしかないのだ。死んだ方がましだわ。盾子は自分の言葉をもう一度頭の中で繰り返す。超高校級の絶望の溶かし込まれた混沌は、投げ込まれた言葉に歓喜しているように波打った。笑みを消すとむくろが首を起こして盾子を見る。盾子ちゃん。身を乗り出したむくろの冷たい手は盾子の首筋を撫で、頬を撫でるとごわごわの髪の毛をするりと滑り落ちた。煙か土か食い物でいいと闘う姉には。盾子は長いまつ毛をまたたかせる。あたしの気持ちをわからせてあげてもいい。語るべき理想を盾子の中に探すむくろは、やはり人為的に引き起こせる絶望でしかない。盾子はにこりと笑った。誕生日プレゼントのように着飾る自分は、やはり全き絶望のための贈り物であるべきだ。
オーヴンが鳴り、キッチンタイマーや電子レンジや、その他いろいろな音が唐突にリビングに溢れる。盾子もむくろも口をつぐんだまま、豪勢な料理が次つぎ並んでいくテーブルを挟んでじっと見つめあっていた。食べよう。顔が映るほど磨かれた銀のナイフとフォークを手に取り、盾子は屈託なく笑う。むくろも同じように食器に手を伸ばし、いただきます、と囁くように言った。明日は雑誌のインタビューとCMが2本。水着を合わせてからカメラマンと食事をして、たぶん寝る。全く自分は添え物だ、と盾子は思う。いつか世界を巻き取る絶望の添え物だ。全く身も蓋もない。未来もない。ウサギのマスタードソースにフォークを突き刺すとだらりと透明な汁が滴った。マケドニアの食卓よ、と言うとむくろは少し笑った。これで満足しておくしかない。










リビンオダイナーマケドニア(マケドニアのディナーをリビングで)
盾子とむくろ。
征服者の食卓。
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