忍者ブログ
ダンガンロンパ他二次創作ブログ。 ごった煮で姉妹とか男女とか愛。 pixivID:6468073
[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

校門の陰からちらちらとピンク色の髪の毛が見え隠れしていて、それだけで響は嬉しくなって足を速める。下校するたくさんの生徒たちを驚いたように見ながら(、また驚いたように見られながら)、恐る恐る顔を出したファルセットが響を見て笑顔になった。胸の前で小さく手を振る、そこに一刻も早く飛び込みたくていつの間にかかかとが宙に浮く。ファルセット!思いきり飛び付いたにも関わらず、ファルセットは響の伸びやかなからだを苦もなく受け止めた。くるりと一回転して、どちらからともなくにこりと笑う。おかえり、響さん。ただいまー。言いながら響はもう一度ファルセットの胸元に顔を埋めて額をこすり付ける。奇異の視線がいくつも響のからだをかすめたが、響は全く頓着しなかった。ファルセットにも同じものは注がれていたはずだが、顔を上げたときに見たファルセットの顔は、そんなものをちっとも気にしていなかったからだ。響は嬉しくなる。嬉しくてたまらなくなって、またファルセットにぎゅうぎゅうと抱きつく。
ほんとに迎えに来てくれるなんて思ってなかった。ファルセットはいつもの、なんだかぞろっとした格好ではなく、ピンク色を基調とした動きやすそうな服を着ていた。この前約束しましたからね。その言葉を聞きながら、スリムなボトムスに包まれたファルセットの涼しげな足元を見る。その隣に、爪先の少し剥げたくたびれ気味だが溌剌としたローファーが並んで歩いているのも、一緒に。響さんのお迎えのついでにお買い物に行こうかと。じゃーん、と取り出したがま口を見て響は目を輝かせた。わたしも一緒に行きたい!もちろん。ファルセットは見るからに快く頷く。わたしたち食い道楽なので、と、以前ファルセットが楽しそうに言っていたのを思い出した。ファルセットたちと一緒にごはん食べたいなぁ。今日は父の帰りが遅い。がらんとした食卓を思い出して少しうつむくと、ファルセットの手がそっと髪の毛を撫でた。こういうときになにも言わないのが、彼のいいところだと響は知っている。
夕飯時をいくらか後ろに控えたスーパーには人が溢れていた。今日は響さんにも手伝ってもらいますよ!ふん、と腕をまくるファルセットに、響は目を輝かせてうんうんと頷いた。がま口から取り出したメモを手渡し、ファルセットはのんびりとした顔に珍しく気合いをみなぎらせてかごを取った。ファルセットの手の中にも自分のと同じようなメモがあることに気づき、響の顔にたちまち喜びが広がる。わざわざふたりぶん用意してくれていた。(でもそんなに必死なんてなんだかおかしくて笑ってしまう。)その期待に応えようと響はそれはそれははりきってスーパー中を走り回った。ひとり一パックの卵をさらい、トイレットペーパーを下げ、サラダ油を掴んでひき肉のパックに手を伸ばす。本当は商店街で買った方が楽なんですけど、とファルセットは言っていた。スーパーもなかなか修行になるのです、と。おばちゃんたちは本当に強い。必死に腕を伸ばして白菜を引き寄せたときには、響は汗だくになっていた。
ふと後ろを見ると、よれよれになったファルセットが近づいてくるところだった。大収穫の響を見て、ありがとうございます、とふにゃりと笑った。響さん、なかなかやりますね。その言葉に響はへへーん、と胸を張った。会計を済ませて外に出て荷づくりをし、いつの間に買ったやら季節外れの焼きいもを半分に分けた。なんだかわたしたち食べてばっかりだね。そう言うと、ファルセットは少し考えるような仕草をして、平和でいいことじゃないですか、と応えた。響は頷く。本当は、食べてばっかり、なんかではない。わかっている。ちゃんとわかっている。重い荷物を半分持とうと申し出たら、大丈夫ですよ、とファルセットは笑った。そして、寂しげな響を覗き込むようにする。ハミィが待ってるんじゃないですか。労るとも諭すともつかない、ファルセットの声は、ただ優しい。だから思いきり手を振った。いつか、なんて曖昧な言葉では、決して濁すことをしない。それが彼のいいところだと響は知っている。








ヒー・トート・ミー、トート・ミー
スイプリ。響とファルセット。
PR
炊きたての米と大根の味噌汁、焼き魚に漬け物、だし巻き玉子にのりの佃煮までが添えられている完璧な食卓に、大和田は眉をひそめた。誰が作ったんだ。湯気を立てるほうじ茶をふうふうと吹いて冷ましながら、さあ、とセレスはにこりと笑う。既に箸を取って食べ始めている一同をいらいらと睨み回し、それでも大和田は空いている椅子にどすんと腰を下ろした。毒でも入ってたらどうすんだ。セレスはやはりにこにこと笑いながら、今のところそんな気配はありませんわ、と歌うように応える。それに、そんなつまらないことをするとは思いませんけれど。視界の端では舞園と大神が給仕よろしく茶碗を取りまとめている。大食漢が揃う食卓は壮観だ。彼女たちは間もなく茶碗に山のように米を盛って戻ってきた。根拠はあんのか。大和田は皿に添えられたたくあんをひとつ口に放り込んで噛みながら問いかけた。うまそうな食事を見て腹は鳴き通しだった。彼女が。セレスはぞくりとするような流し目でテーブルの一端を指す。取り澄ましたような顔で霧切が食事をしているのが見えた。
あの女に毒見役やらせたのか。にぎやかに食事を楽しんでいる周りの様子を見る限り、差し当たって危険はないらしい。それだけ確認して大和田は茶碗を手にした。まさか。こちらも澄ました顔で姿勢よく魚の身を口に運びながら、セレスは呆れたような目で大和田を見る。彼女が、毒は入ってないと断言しましたの。食堂に入ってなにか調べてましたわ。へえ、とその頃には大和田は既に話の内容には興味をなくしており、あっという間に一膳を平らげて舞園を呼びつけた。自分でやりなよーと朝日奈が文句を言ったが、舞園は大和田の言った通りにメガ盛りの茶碗を持ってきてくれた。がつがつと米を掻き込む大和田を嫌そうに見て、おめでたいですわね、と言った。あなたも皆さんも、毒さえ入っていなければなんでもいいだなんて呆れますわ。はぁ、と大和田は顔を上げた。その拍子に口に詰め込まれた中身が少しこぼれる。汚ならしい、という顔を隠しもせず、セレスは両手で持った味噌汁の器に唇を寄せた。
口の中身を飲み下し、メシがまずくなるようなこと言うんじゃねえよと大和田は舌打ちをする。すごんでやろうかと思ったが、予想以上によくできた食事に毒気はすっかり抜かれてしまった。くちい腹を無意識にさする大和田を、今度はセレスはなんとも言えないような顔で見た。幸せですわね。なにか言ってくるかと思ったが、セレスは結局そう言ったきりにこやかに笑って席を立った。いつの間にかセレスの食器は大和田の食器の横につくねられている。優雅な足取りで部屋を出ていくセレスの華奢な背中を視線で追い、大和田は舌打ちをした。さりとてさして腹も立たない。皿に残るのがきれいに身をはがされた魚の骨ばかりだったからかもしれない。大和田の周りにはなんとなく甘やかな気配が残って、それがむずがゆい、とだけ思う。見回した食卓では概ね食事は終わろうとしていた。石丸がむやみに声高に、食器は各々で片付けるよう指示を飛ばしている。立ち上がると椅子が跳ねた。幸せなことだ。
すぐ近くにいた小柄な女生徒にこれ頼むわとだけ言って、食堂を出る。背中に甲高い朝日奈の批難の声が突き刺さるが、構わずに大和田はかかとを引きずりながら歩いていく。あの女の言いたいことはわかるような気がする。どうせ、朝起きたらモノクマが食事を作って待っていたとでも言うのだろう。あほくさくてあくびが出る。あの完璧な食卓の完璧な食事を食って誰ひとり死ななかった、それだけが今の真実だ。ベッドに仰向けに寝転び、大和田は腹を押さえる。問題はそんなことではない。よお。声をかけるとまさに待ちわびたようにモノクマが床から飛び出す。なぁに?無邪気に問いかけるモノクマをちらりと一瞥し、大和田はまた天井を眺めた。気のせいか?なにがぁ?モノクマはふわりと首をかしげた。なぜか、にこにこと笑っている気配をまとわせて。さっきの飯、おれはあれを食ったことある気がする。モノクマはわずかな沈黙を挟み、大和田くんがそう思うならそれが真実さッ、と快活に言った。
しばらく天井を眺めていると、今度はモノクマがねえねえと話しかけてきた。あんだよ。あのごはん、おいしかったでしょう?きみたちのこと考えながら一生懸命作ったんだよぉ。おかげで4時起きです、ヨジオキ!ああそうかいと大和田はモノクマを追い払うように手を振る。懐かしい味だった?不意に滑り込んだ問いに、大和田は答えなかった。しばらく黙っているうちに、ぼくは大和田くんの独り言に付き合うほど暇じゃないんだからねッとぷりぷり怒りながらモノクマは消えていった。大和田は寝返りを打つ。セレスや霧切が危惧するほど、あの食事は危ないものではない。と思う。胸にわだかまるものは、懐かしさなのだろうか。モノクマの言う通りに。そう思うなら、それは真実だと。ああ。大和田は苛立たしく唸ってまた寝返りを打った。なにもかもが気に入らない。気に入らないが言葉が見つからず、大和田は目を閉じた。暗闇に答えが浮かぶかとも思ったが、塗りつぶされたままのまぶたにはただ一筋の光すら届きはしなかった。









良妻賢母の食卓
大和田。
かの騒動からひと月余り。メフィストはかつての賢王ぶりを発揮し、呆けた城の体制と騎士団を叩き直して国中を謝罪に飛んだ。三銃士と呼ばれた彼らももれなくそれに随行し、幾度となく下げた頭を何度でも地面に擦り付けては過ちを火のように悔いた。彼らの退位除名を求める声は、穏やかなメイジャーランド国民とはいえないでもない。しかしアフロディテ及び姫の有事の素早い対応は国民に好意をもって受け入れられ、また彼らの過去の功績の今もなお続く高い評価を受けて、彼らの所業は不問という形で処理されることとなった。かの戦いの影の功労者である先王と、゛全ての音の源゛が、またメイジャーランドの恩人である少女戦士たちが、彼らをとうに許していたからとも言える。幸福のメロディーの歌い手である白猫の妖精が、その歌声でもって国中から暗い影を取り払った決着の日から、メイジャーランドとそこに住まう心優しい国民たちはまたひとつ魂に澄み渡るものを受け入れることとなった。かつて国中から忌避されていた「かなしみ」と呼ばれるものである。
地下の修練場にりんと張り詰めた静寂が漂う。バリトンはレイピアを片手に構え、じりじりとつま先を土がむき出しの地面に這わせた。対するファルセットは、両手をだらりと垂らしたまま、目だけを油断なくレイピアの切っ先に向けている。手にしているのはメイジャーランドでは珍しい片刃の剣で、刀身がわずかに反っている。食い縛った歯の間から短く息を漏らしてバリトンは距離を詰めた。眉間を狙った突きはファルセットの髪の毛を揺らすに留まる。斜め下から振り上げられた刃をこちらも紙一重でかわし、距離を取る。今度はそちらから向かってくるファルセットが、土くれに足を取られたのか不意に体を揺らした。バリトンは好機を逃さなかった。鎖骨の隙間を狙って刃を繰り出そうとした瞬間、ファルセットが体勢を立て直した。半歩ずらした体に突きはあっさりと空振り、伸びきった腕を肘で押し退けられた。引き戻そうとしたレイピアのヒルトにポメルを絡ませ、高い音を立てて弾き飛ばす。バリトンは詰めていた息をゆっくりと吐き、レイピアは地面に力なく落ちた。
そういう奇手をやめんかと言っとるだろうが。ファルシオンを担ぐようにバスドラが近づいてくる。いやぁわかってるんですけどね?ぼく非力ですし。剣を鞘に納め、ファルセットは困ったように笑う。真っ当な打ち合いじゃふたりに勝てないんです。しびれた手の甲を軽く振りながら、ついでにひとつ舌打ちをしてバリトンはレイピアを拾い上げた。その奇手にあっさり引っ掛かった自分が憎い。次はとバスドラがファルシオンを構えようとしたとき、扉がそっと開いてかぐわしい春風が流れ込んできた。取り込みのところを失礼。アフロディテ様!3人は顔を見合わせ、慌てて傍らに放り出してあったマントを着けると彼女の足元に跪いた。よいのです。楽になさい。しかし、と言い淀むバスドラの肩に手を触れ、砂埃を払ってやりながらアフロディテはにこりと笑った。王も姫もおらず無沙汰なのです。外に出たいので、護衛を頼みたいのだけれど。は、と3人は揃って頭を垂れた。アフロディテは手に既にバスケットを持っている。
草花萌え出づる緑野に柔らかなブランケットを敷いて、アフロディテは静かに紅茶を注いだ。王妃手ずから淹れたそれは、緊張に強張った3人の手足と胃袋にあらたかに染み渡る。どこぞより飛ばされた花びらが美しい金の髪に絡んだ。アフロディテは穏やかに街並みを見つめている。バスドラがカップを置いて立ち上がった。では、と短く礼をして(武器を帯びているので全礼をしない騎士式の礼である)、そっとその場を立ち去った。バリトンも同じようにする。ファルセットはカップをまとめてバスケットに戻し、剣を鞘ごと外してその傍らに置いた。アフロディテがファルセットと話したがっている、と、言葉にせずとも汲むことのできるバスドラを、王も王妃も重宝しているに違いないとファルセットは思った。アフロディテの目に障らないよう、彼女の斜め後ろにそっと膝を突く。メイジャーランドは平和そのものだ。自分を責めているのではありませんか。だから、アフロディテの最初の言葉には、それがどのような内容であれ、頷こうと決めていた。
アフロディテは肩越しに振り向き、あなたならそう言うと思っていました、と慈愛そのものでほほえむ。わたくしは取り返しのつかないことをいたしました。ファルセットは項垂れる。今日も、メフィストはまた謝罪の旅に出ている。随行させてほしいとのファルセットの強い申し出を一蹴して。許されるはずのない罪を許され、地位も守られ、この上どのようにして皆に償えばよいのか、わたくしにはわからないのです。せめて。せめて楽にしてほしかった、などと言い出すのではないでしょうね。アフロディテの言葉にファルセットは打たれたように深くうつむく。逃げることは裏切りです。わたくしたちだけではなく、バスドラとバリトン、メイジャーランド、あの少女たち。あなたを救ったものを全て裏切るのですか。アフロディテの言葉にファルセットはまばたきをする。しかし。自分がしたことは悪夢となって毎夜のようにファルセットを苛む。取り返しのつかないことをしようとしていた。この手で守るべき全てを、この手で擲とうとしていた。
ファルセット。爪が食い込むほど握りしめられた手に手を触れさせ、アフロディテは静かに言った。わたくしは思うのです。わたくしたちからあのときの悲しい記憶を全て消し、メフィストとあなたたち三銃士のしたことを夢のように消し去ることも、あの戦士たちにはできたはず。それをしなかったのは、あなたたちが憎いから、あなたたちを苦しめたいから。そうではないのだと。ファルセットは顔を上げる。あの戦士たちは言いました。悲しみを受け入れると。自分達と違うものを、違うから、拒絶するのではなく、違っていていいのだと。悲しみだって、大切な心だと。アフロディテはにこりと笑う。ファルセット。悲しみなさい、悲しんで、苦しんで、悔やんで、それでいいのです。それを受け入れて、受け入れられて、あなたはここにいるのだから。ファルセットは目を丸くした。まばたきをすると、胸の奥がしわしわに軋む。あなたがいなければ。アフロディテはそっとファルセットの手を撫でる。わたくしたちは本当の悲しみを知ることはなかったでしょう。
野には花が咲いている。桃色、黄色、純白、紫。赤に青に橙に空色。ファルセットは目を閉じる。あの日々。戦士たちと戦い、悲しみに寄り添った日々。不思議と毎日が楽しかったのです。我知らず、ファルセットはぽつりと呟いていた。ぼくは、ひとりではなかったから。ずっと。アフロディテがじっとこちらを見つめていることに気づいて、申し訳ありませんとひれ伏すファルセットを、アフロディテはやはりほほえんで見つめていた。セイレーンの傍にハミィがいたように、あの大いなる悲しみの傍にファルセットがいたように、誰も、確かに誰も孤独ではなかった。バスドラとバリトンが手に手に花や木の実を抱えて戻ってくる。城に虹色の鍵盤がかかった。メフィストも戻ってきたようだ。帰りましょう。ファルセット。アフロディテの言葉に、ファルセットは笑って頷く。風は遠く遠く遠くから吹き、ファルセットの髪の毛を揺らしていった。








種の日々
スイプリ最終回に寄せて
悪いことするの、と訊いたときに、まぁ、悪いこともしますねぇ、と、なぜか懐かしいような顔でファルセットが言ってからというもの、響の中での善悪は湯煎のチョコレートとミルクのように曖昧に融け合ってどこにも滲まない。じゃあもう聞かないよ、と答えた。それでも友だちだもん。響の言葉のいちいちに、ファルセットはほどけるように笑う。赦していくようなファルセットの笑顔。傍らの鞄からビニル袋とそこに入った濡れタオルと鞘のついたナイフを取り出す。次いで取り出された桃に響は歓声をあげた。桃、好きですか。大好き!ファルセットはにこりと笑うと、小さなナイフで小器用に丁寧に皮を剥いていく。形のよい指先だ、と響は思う。汁が垂れてうす甘く光るファルセットの指。はい、あーん。ひときれ削がれて差し出された果肉に、響は待ちきれないように口を開けた。おーいひーい!口の中に広がる瑞々しさと鼻をくすぐる甘い香りに響はたちまち笑み崩れる。桃は素晴らしい。甘く優しく、その上響のいちばん好きな色だ。
少し固いかと思ったんですが。自分も同じように桃を口にして、うん、とファルセットは満足そうに頷く。おーいしーい。響は応えるようにうんうんと頷き返す。もっとちょーだい!あまりぴったりくっつくとうまく桃が切り取れない。少し(、だいたい拳ひとつぶんくらい、)離れた位置から急かすと、ファルセットはまた桃を削いでは差し出す。歯を僅かに押し返す果肉の弾力に頬が緩んだ。少しくらい固い方がおいしいよ。こんくらい、と響は自分の口元を指差す。そうですかぁ。ファルセットは首をかしげる。もっと熟した方がよくないですか。だって剥くとき、ぐじゅっ!(と響は桃に指を食い込ませるような手振りをした)てなるじゃん。ああそれは確かに嫌ですねぇ。言いながらもファルセットの指は桃を少しずつこそげ、響はなにくれと喋りながらもてきぱきとそれを平らげた。残った種は響きがもらった。口の中に入れて丁寧に果肉を食べ尽くし、種は日当たりのよい場所にこっそり埋めた。
腰かけていたベンチに戻ると、ファルセットはビニル袋に皮を片付け、濡れタオルで手を拭いていた。おしまい。隣に座る響を見て、ファルセットは両手を広げてにこりと笑う。ありがとう。とってもおいしかった。今度はもっと持ってきましょうねぇ。うん!そしたら奏がきっとおいしいお菓子にしてくれるよ!ファルセットはにこにこと笑い、響の手を取ってそこも丹念に拭いた。それはすごくいいですねぇ。響はきれいに拭われた両手を見て、タオルもビニル袋に入れて鞄にしまいこむファルセットの袖を引いた。ファルセット。ん?首を返してファルセットは笑う。無言で響の出した両手に、やはり無言で素直に手のひらを置く。やっぱり。その手を鼻に近づけて、響は屈託なく笑った。いい匂い。そうですかぁ?ファルセットはくすぐったそうに微笑み、もう片手を自分の鼻に寄せる。よくわかりません。えーなんでー?響は驚いたような顔をした。すっごくいい匂いだよ。
桃の香りのするファルセットのしろいたなごころを見ながら、響はまばたきをする。曖昧な善悪。チョコレートとミルクのように、甘やかに混ざるだけではない。わずかにくぼんだまん中に鼻先を押し付け、すぅ、と響は深く息をする。覚えておこうとするように。いつか、もしかしたら、憎み合うことになり、傷つけ合い、もしかしたら、もしかしたら、彼のことを本当に本当に嫌いになってしまうようなときのために。彼のすべてを憎み、恨み、疎んじてしまわないように。彼のことを確かに好きだったと、彼が大切だったと、いつでも胸を張れるように。髪の毛を柔らかいものが撫でた。どうしたの。顔を上げる。ファルセットは笑っていた。ううん。だから響も笑って首を振る。大丈夫ですよ。うん。わたしたちきっと大丈夫だね。言うなり響は腕を広げてファルセットの首に巻きつけた。わたしたちきっと大丈夫。だって。言葉にならなかったのはファルセットが優しく髪を撫でるせいだ、と思った。滲まないものばかりを、選び取って彼らは戦う。いつか終わる日まで。休むことなく。









まつ毛に白桃
スイプリ。ファルセットと響。
戦刃むくろの視線は物言わぬそれだけで肉厚のナイフのように鋭く冷たい。背骨に絡まる敵意を優雅に踏みにじり、セレスはわざわざ全身で振り返った。なにかご用ですの。視線の先の戦刃はいつものように暗い目をして、別に、と吐いた。ぼそりとしたその声に、取り立てて敵意も悪意も感じられないことにセレスは内心驚嘆する。単に気に入らないというだけなら一向に構いはしないのだが(好かれるように生きてきたつもりはこれっぽっちもない)、このおもしろくもおかしくも胸も色気もない女になにがしかの思惑があっての敵意だとして、それを他人に対して本気でぶつけようと思っているのならば、セレスはまばたきひとつする間にも蜂の巣にされているだろう。超高校級の軍人という肩書きを舐めたことは一度もないし、その上悲しいかなセレスには蜂の巣にされるであろう理由が両手足の指ほども思いつく。あえて先手を打っておいたが戦刃はなにもしようとはしてこない。戦刃の暗い目は眠り損ねた子どものようだ。つまり、圧倒的な不十分。
セレスは畳み掛けるようににこりと微笑む。お茶のお相手をお探しでしたのなら、申し訳ありませんけれど先約がありますの。戦刃はまばたきをした。そんなつもりはない、のだけど。浮世離れしたという点においてならば大差ないふたりだが、意味合いは天と地ほども異なる。わたくしの背中にゴミでもついていまして?戦刃はその言葉に視線を反らした。斜め下を見るその仕草は何故かはにかんでいるように見える。おや、と内心セレスは首をかしげた。本当に意味のない視線だったのか。それにしては妙に意味深な、絡まるような。用事がないのでしたら、わたくしもう行きますけれど。言うなり戦刃は顔を上げた。あ、うん。すまない安広。その名前では呼ばないでくださいませんこと。やや言葉に力を込めて塗りつけるように言うと、戦刃は素直に頷いた。すまない。セレ、セレスティア、なんとか。もういいですわ。本当に匙を投げつけてやりたい気持ちでセレスは髪の毛を払った。戦刃は胸の前で手を組み合わせてうつむいている。
本当にご用はありませんの?普段のこの女の行動からはやや外れた反応を続ける戦刃に、セレスはいぶかしげな視線を投げかける。大した用事じゃない。消え入りそうな語尾に、ふうんとセレスは頬に手を当てる。盾子ちゃんが。あ、いや、江ノ島が。いちいち言い直さずとも、戦刃むくろと江ノ島盾子が姉妹であることは周知の事実である。さらに、戦刃が江ノ島のことをどうしようもなく愛していることも、セレスたち78期生にとっては今や当たり前のことだった。江ノ島さんがわたくしになにか用ですの?セレスにしては根気強く訊いてやると、戦刃は蚊の鳴くような声で答えた。友だち、作りなさいって。盾子ちゃんが。はぁ?セレスは形のよい眉をしかめる。意味がわかりませんわ。だから。戦刃は暗い目をまたたいて、小さく息をした。いつまでも盾子ちゃんにべったりなのはよくないって。だから、もっと他にも目を向けて、みんなと仲よくなった方がいい、って。戦刃はそれだけ言って、やはりはにかんだように首を振った。
眉間に寄せたシワを指先でほぐすようにしながら、セレスはため息をつく。お伺いしたいのですけれど。戦刃が顔をあげる。どうしてわたくしですの?お友だちになりたいのなら、朝日奈さんや舞園さんの方が易しいですわよ。その言葉に戦刃は、今度は機敏に首を振る。わたしは、不器用だから。不器用なのでしたらなおさら。違う。セレスティアはきっとわたしを怖がらない。セレスは戦刃を眇めた。わたしは、知らない。人との接し方も、友だちの作り方だって。どうしたらいいのかわからないから。だからあの敵意か、とセレスは呆れたような気持ちでまばたきをする。ナイフを突きつけて迫るようなそれを友情と呼ぶようなおかしな女だ。戦刃は。おかしなひと。だからそれを口に出す。お友だちなんていなくても生きてはゆけますのよ。わたくしのように、とは、言わなかった。例えばそれを信じている易しい優しい彼らを、なぜか、庇いたくなった。今、この瞬間だけ。戦刃は困ったような顔をした。困ったような、戸惑うような、今までで一番人間くさい戦刃の顔。
そのとき、ドスドスと響き渡る重たい足音にセレスは眉を寄せた。救われたような気持ちで。おおおこれはこれはセレスティアルーデンベルク殿に戦刃むくろ殿!こんなところでなにをしておられるのですかな?汗だかなんだかでメガネを曇らせた山田は、ふたりを順番に見てなぜか満足げに笑った。ここで出会ったのもなにかの縁ということでーもしよろしければ拙者の次の作品のモチーフとしてご協力を願いたいのですがーああ女王に仕える女騎士というパラレルものでしておふたりには似合いかとーヌホホホホぶっ。山田の腹に痛烈なミドルニーを放ち、セレスはにこりと笑った。構いませんわよ。戦刃はぽかんと開いていた唇を引き締めた。お友だち。なって差し上げてもよろしくてよ。戦刃はなんとも言えない顔をした。困ったような、戸惑うような。あなたのようなひとには、いつか重荷になるかもしれませんわ。きっとあなたはお友だちなんていなくても生きていけますもの。戦刃は首を振った。そして、笑う。嬉しい。セレスはそっと笑い、山田の背中に乗せたままのかかとを引い
て降ろした。
戦刃むくろはおもしろくもおかしくも胸も色気も、恐らくは、ためらいもない女だ。だから忠告してやったのに。セレスは長いまつ毛を伏せるふりをする。きっといつか、この女は後悔する。優しい易しいものに足を取られて、それでも棄てられないものものに、暗い目をするのだろう。悲しむのではなく、ただただ不本意と。自分で選んだにも関わらず、ただ、ただ、不本意と。戦刃はセレスをじっと見た。セレスもにこりと微笑み返す。お友だちって、面倒くさいものですのよ。それでも嬉しそうに戦刃が頷くので、いつか傷つけばいいと諦めた。









おほしさまシュウェルトライテ
セレスとむくろ。
カレンダー
09 2024/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
まづ
性別:
女性
自己紹介:
論破されたい。
adolf_hitlar * hotmail/com (*=@)
Powered by ニンジャブログ  Designed by ゆきぱんだ
Copyright (c) All Rights Reserved
忍者ブログ / [PR]