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ダンガンロンパ他二次創作ブログ。 ごった煮で姉妹とか男女とか愛。 pixivID:6468073
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意外と愛嬌がないでもない彼は不快の塊そのものであったが妙に前向きで、少なくとも諦めて腐っているようには見えなかった。腐川の曇った目に見えなかっただけで、そこには彼なりの葛藤や焦燥や憤懣が渦のようになだれ落ちていく場所があるのかもしれなかったが、少なくとも彼は腐川にはついぞそんな醜いものを見せなかった。腐川にとって彼の感情の吹きだまりを想像することなどは、墓場に赴く若い象ほど無意味で無価値な行為であった。空想に筆を走らせ理想の海を汲むふたりではあったが、それ以上に相容れない部分が多すぎた。最期まで半ば決裂状態であったことを、この場合は幸運と呼ぶのだろうと腐川は思う。不快の塊である彼の脂と手垢にまみれて濁ったリビドーなど願い下げであった。それでも彼が死んでしまったことについて、腐川はまだうまく言葉を選びかねている。惜しむ気持ちはない。厭な男だった。それでも死んでしまうなんて、と、ここまで考えて腐川の思いは筆を止める。
えぐられたような記憶の穴が責め立てるものは、いつも無くしてしまった時間に生じた出来事たちだ。肌寒いほどに冷やされた生物室の、無機質に明かりを灯す箱の前に腐川は無言だった。ここに彼の巨体が納められているとは信じがたいほどに、その箱は冷たく、固く、素っ気ない。いつでもこの世にはない理想に諾う彼の、これが、結末でよいのだろうか、と。ひくつく鼻の奥に腐川は慌てて両手で口を覆う。くしゃみをこらえて洟をすすった。無造作に並ぶこの箱には死が詰まっている。もの言わぬ醜い塊たち。彼の隣に眠っているはずの在りし日の美姫は、焼けただれ拉がれて見るも無惨な死体となった。無くしてしまった時間に腐川の前から永遠に消えてしまった、かつては笑ったり歩いたりしゃべったりしていた彼らも、今ではここで永遠の眠りを漂っている。戦うことを諦めた、あるいは戦いに破れた彼らの眠りの、どれほど輝かしく美しく幸福であるかを思う。腐川はまだそこには行けそうもない。
彼のことを考える。腐川が思う、最も美しい方法で世を去った、彼のことを考える。俗塵にまみれ下心に満ち溢れ、腐川にとってなんの価値もない生ごみのような彼は、彼の愛する者のために手を汚して死んでいった。下らない妄想に血道を上げ、吹けば飛ぶような落書きにありとあらゆる願いを詰め込み、叶わない恋に歓喜し絶望し、しかしそれは、自分とどこが違うだろう。空想に遊び理想に溺れ、それでも彼は死んでいったではないか。腐川はスカートを撫で付けてそっとしゃがむ。順番で言えば、彼はここに眠っているはずだった。彼を殺した美姫を、彼は決して恨むまいと腐川は確信している。薄汚れたリビドーを、画面の向こうの恋人を、生きていれば巡り会うべき幸福を、彼は悉く擲った。すべては彼女のためだったのだ。腐川は赤くなっているであろう鼻を手のひらで擦る。いつか自分も。そう思おうとしてやめた。墓場に向かうのは死期を悟った象でなければならない。今の腐川では、それは無価値でしかなかった。
腐川冬子殿は魚の骨のようなひとですなぁ。彼の能天気な声が蘇る。馬鹿にされているのだと思って返事はしなかった。その意味はわからない。彼の真意は彼と共に遠く遠くの星になった。それが正しいのだと腐川は思う。ただただ、今、悲しくて仕方がないのは、やるせなくて仕方がないのは、これもまた正しいのだと。汚らわしい彼とは二度と口を聞きたくはないと思っていた。願いは叶えられたはずだったのに。そのはずだったのに。
「君子は冠を正しゅうして死ぬものだ、」
愛のために死ねる朝を見つけた彼が羨ましかった。そんなことを言えば皆は笑うだろうか。








子路魚骨に流星と消ゆ
腐川。
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わたくしは殺されるのを待っていましたのに。
十神が足を止めたのは深夜を大きく回った静かな脱衣所の、その入り口だった。リボンとレースと嘘と方便で飾られた人形のような少女は、その膝に発光するノートパソコンを抱いて優雅にそこに座っている。長いまつ毛の奥のがらす玉のような目の、その奥に見え隠れする火のような光に、逆しまに映る自分の顔の微かな驚愕には、十神は気づかない振りをした。背中を刺す針のような敵意は、十神が部屋を抜け出したときからひそやかに彼にまとわいついて離れない。霧切を驚異としている点では、間違いなく十神もまた目の前の少女、セレスティア・ルーデンベルクと同じであった。ごきげんよう、十神くん。にこやかに微笑むセレスの顔は、脱衣所の光の下なお抜けるように白い。こんな時間にこんなところで、貴様は何をしている。十神の言葉に、セレスは口元を華奢な指で覆った。十神くんと同じことを。そんなことは彼女の膝に抱かれたアルターエゴが雄弁に語ってはいたが。
ならば茶でも持ってきてやろうか。十神の皮肉にもセレスはにこやかな笑顔を崩さない。あら、いいですわね。でも食堂は閉まっていますわ。お約束は明日でもよろしいかしら。飄々と言い放つセレスに十神は薄い唇を笑みの形に歪めた。聞きたいことがある。十神の言葉はよく磨がれた氷のように響く。父祖から譲り受けた才覚の一片か、十神の言葉にはどこか有無を言わせない奇妙な力強さと酷薄さがあった。大概の人間ならば、ただ盲目に頷いてしまうほどの。しかし。わたくしもですわ。セレスはその刃を受けてなお悠然と言葉を返す。無論、笑顔を絶やしもしない。先に言え。短い沈黙の後に、十神は顎をわずかに動かす。セレスはそれでは、と愛らしく小首をかしげ、不意に目を開いた。どうして彼を殺したのです。十神は眉を動かす。何の話だ。不二咲くんのことですわ。セレスの白い指が物憂げにノートパソコンを撫でる。沈黙のアルターエゴの表情は、十神からは見えない。
アルターエゴの作者、不二咲千尋は彼の信頼した友人の手にかかり命を落とした。ほんの数日前のことだ。その捜査線上を興味本意で掻き回した十神の行為は、結果的に彼の秘密を底から暴き、白日の元に晒してしまった。人道的なことを言うんだな。十神の言葉に、セレスは唇の端を持ち上げる。なにを仰っているのです。ふ、と十神は息を吐いた。生前の不二咲千尋に会ったのは、犯人を除けば彼女が最後だったということを、十神は思い出していた。気づいていたのか。ええ。セレスは微笑む。いつから。あなたが思うよりも、ずっと前からですわ。嘘つきはすぐにわかりますの、とセレスはしなやかに脚を組み替える。わたくしも嘘つきですから。十神は眇でセレスを睨む。あなたでしょう?「彼女」を殺したのは。その言葉に、十神は一歩脱衣所に踏み込んだ。セレスからは濃密な薔薇の香りがする。その白く華奢な首筋。がらす玉のような目。深い闇のような少女。いずれ驚異になるのは。十神は手をゆっくりと握り締める。
十神を尻目にセレスは両手にアルターエゴを抱いてつ、と立ち上がった。お茶のお約束、楽しみにしていますわ。十神の横をすり抜けてロッカーにアルターエゴを戻し、ゆっくりと歩み去ろうとしたセレスは、脱衣所の入り口でふと肩越しに振り向いた。そう言えば、十神くんもわたくしに聞きたいことがあったのではありませんか。不意に毒気を抜かれた十神はまばたきをした。喉の奥でくつくつと笑う。貴様なんかにくれてやる言葉はない。その言葉にセレスはお手本のように可憐に微笑み、おやすみなさいませね、と冗談のような優雅さで一礼をして去っていった。脳の奥が痺れるほどの薔薇の香りを残して。まるで闇に融けるように。馬鹿な女だ、と十神は思う。嘘つきは、悲しむことさえまともにこなせないらしい。未だに敵意を隙間なく投げかける霧切のことを考える。輝くような夢を、あるいは夢のない眠りを、静かに漂う有象無象を考える。いずれ驚異になるのは、紛れもない、人間だった。
確かにあの瞬間、自分の手に流れ込んできた途方もない殺意は、あるいは、そこにぶちまけてしまえて幸福であったのかもしれない。人形のような女と得体の知れない敵意と首狩りを待つ羊の群れと、その中で、自分だけが人間であるような錯覚を、セレスは残らず拭い去った。不愉快だった。どうしようもなく不愉快だった。十神は、あのときセレスに何を問おうとしたのかを忘れていた。彼の誇り高き血がそうさせたのかもしれない。乱れ爛れて流れ去るだけの、次は、あの女を汚してしまいたいと切り捨てた。










乱爛流
十神とセレス
その指をわななかせたものが脳をとろかすほどの歓喜であったことを、彼らは蔑むだろうか、と思った。それだけの瞬間に起きたそれだけのことはたったそれだけで彼女の全身に彼との性交を蘇らせる。荒れた手のひらは彼女のすべらかな肌を何度も往き来し、投げ出された雪のような肉体を熱い息に絡めて征服した。彼は。スナイドルに馬を駆る大昔のコンキスタドールのように。性急な愛撫とその果てにあるまっしろな下り坂と、そこをあたまを下にまっ逆さまに落ちて落ちて落ちた奈落の底のような場所に咲き乱れる淫らな花花と、それだけが彼との性交の全てだった。果てしなくだらしなく引きも切らない波と波と波と波のような。彼女の肉体には隠された黄金の山も豊かな地味も秘密の魔法もなかったが、限りなくそれに近いものをあの頃のふたりは分け合えていたのだと、そんなことばかりを思い出す。彼女の愛してやまない絶望のうちに。
愛するものに殺されることの幸福は、江ノ島の胸をあたたかな気持ちで静かに満たす。この上ない絶望のもとで愛するものに裏切られて死んでゆく愛するひと!彼の幸福を江ノ島は信じている。過ぎた日々に彼女をかき抱いたしなやかな指が、今はもうあおい肉の色に腐り始めていても、江ノ島の長いまつ毛はほとびる気配もなく、悠々と艶やかに天を向いていた。彼は幸福のうちに絶望して死んだのだ。ゴルゴダに殉じた神の子と彼の死と、それすらなにも違わない。彼の生命を奪ったのは彼が犯した罪がもたらした無言の手招きなどではない。彼を殺したのは彼がかつて信じていた有象無象と、そして、この指だ。しろく長くしなやかな彼女の指が押したたったひとつのスイッチが、その行為が、彼を今や遠い場所に奪い去っていった。その指でかつては彼のひふを髪を撫でたこともあったかもしれない。
あの頃、と呼べる時間が江ノ島にもあった。あの頃。膨大な時間を湯水のように流し、取るに足らないことに一喜一憂した、気恥ずかしいままごとのような、あの頃。きれいに箱に詰めて江ノ島の一番大事な場所にしまってある、あの頃。レオン。あの頃自分は彼を愛していただろうか?あたしらきっとろくな人間にならないよね。自分はあの頃未来などを思っていたのだ。愚かなことに。彼はなんと答えただろうか。やはり性交のうちにその言葉は沈められたのかもしれない。彼は、馬鹿で愚かでどうしようもない男だった彼は、江ノ島の言うようにろくな人間にはならなかった。ろくな人間になる前に死んでしまった。江ノ島のしろく長くしなやかなたった一本の指が、彼から全てを奪った。
望んでいたとは言わない。ただ、こうあればいいと願ったのは確かだ。レオン。江ノ島は無惨にぶらさがる桑田の体の前に膝をつく。レオン。骨まで砕けたその脚にうつくしい顔を寄せる。あたしら、やっぱろくな人間にならなかったよ。どーしょーもないね。桑田は江ノ島に優しかった。馬鹿みたいな優しさだった。セックスばかりしていた。伝え合い分かち合えるものならば、なんでも試してみようと。それが愛だったのかは、江ノ島にはやはり思い出すことができない。桑田が馬鹿みたいに優しくて、いつも馬鹿みたいに笑っていて、そのくせ行き場のない場所に、いつの間にか行き詰まってしまったのだ。たったふたりで。それを愛と呼ぶのなら、ありとあらゆる世界が愛である。淫らな花花は枯れ落ち、腐った褥に残されたものは、愛の残酷な模倣に過ぎなかった。
なので殺すことにした。江ノ島の全ての愛を費やし、桑田の全ての愛を燃やし、それで彼を殺すことにした。十字架の神の子。人殺しの桑田。絶対の絶望に目を閉じうなだれる、その幸福!江ノ島は笑う。これで許してよ。千の硬球が彼を砕いて磨り潰し、江ノ島はこれから毎晩彼に殺される。スナイドルの征服者。こうして江ノ島は絶対の絶望を手に入れることにする。千の愛が彼を殺したならば、万の愛で彼に心臓を渡そう。あの頃さえも言わなかった馬鹿みたいな言葉が言葉が言葉が、江ノ島からエキソドスのように流れて止まない。









エキソドス・ゼロ
江ノ島。
苗木からもらった花束は世話も虚しく枯れてしまったけれど、弓場の左右に誇りかに散る堂々の桜の群れは、それよりもなお虚しいと感じた。ひどく寒々しくそのくせどろりとした、言うなれば儚さのようなものが凄むような幽玄を霧切に迫る。奇妙な高揚がそこになお燻るのを止められなくなる、ほどの、息までも止めてしまいそうな生命の繚乱、そして盛衰。憧れに似た錯覚だった。こういう光景を、あたかも待ちわびていたような。霧切は目を細める。抜けるような青空の下で、あるいは朧月星辰あえかな闇で、そこでもなお桜がこれほど美しいのならば。生きてここを出てそれを見るまでは、決して死ねないと思った。そう思った自分をくだらないと思ってしまった。苗木のくれた桜の花束の、花弁が腐れて散り落ちた枝ばかりを後生大事に持っている自分を。生命の繚乱盛衰。今では足元には卒塔婆の海な自分たちであった。
桜の樹は九本ある。どっしりとした幹を並べ、屋内にずしりと根を張る。同じ階にある植物園といい、屋内のしかも最上階に植物が植えられているのは、あまり座りのいい眺めではなかった。地面を引き剥がして空に浮かべたような皮肉さに、霧切は薄く微笑んだ。生涯大地から遠ざかって生きろ。それが誰のメッセージかはわからない。ふと。風もなく枝が揺れた。数度まばたきをして、霧切は眉をひそめる。なに。思わず短い驚愕がこぼれた。霧切に一番近い桜の樹の、その幹に寄り添うように男がひとり立っている。赤い髪と引き締まった肉体。耳にはいくつもピアスを開けている。桑田くん?霧切は息を飲む。桑田はじっと霧切を見つめていた。どす黒く濁った目の、その奥は深い闇に沈んでいる。
霧切は首を巡らせ、喉の奥にかすかな悲鳴を飲み込んだ。桑田の立つ樹の、弓場を挟んで向かい側の樹の下には、真っすぐな長い黒髪と細い頤のきれいな少女が立っている。さらにその後ろ。柔らかな髪の毛をした、パンプキンスカートの華奢な少年。長ランにリーゼントを揺らす険しい顔をした長身の男。黒髪を短く刈り込み、白い詰め襟をきっちりと着こなす姿勢のいい男。メガネをかけてリュックを背負った、せいの低い丸々とした体型の男。豪奢な巻き髪と衣装の、抜けるほど肌の白い作り物のような少女。陽に焼けた筋骨隆々の逞しい手足をセーラー服から突き出させた女。そして一番奥。そっけない黒髪と長い手足の飾り気のない少女。霧切はまばたきをした。心臓がごとごとと低く喚いている。
桜の樹の下の彼らは、なにも言わずに黙って霧切を眺めていた。虚ろな目にたっぷりと闇を湛え、ただ静かにそこに立っている。あまりに無造作な生命の繚乱盛衰の、そのことごとくを蔑むように。霧切は知らず噛み締めていた奥歯から力を抜く。足元に寄せては引く卒塔婆の海の、成れの果てとはこういうことなのかと。恨んでいるのかしら。霧切の声にいらえはなかった。ただ佇むだけの彼ら。霧切はそっと微笑む。幻想の中の痛々しい影法師のような彼ら。地面を引き剥がして空に浮かべたそこで、せめても静かに眠りたいと言うのだろうか。(違う)彼らの虚ろな穴のような目の、そのひとつひとつに霧切が願って止まないものが詰まっている。ここではないどこか違う楽園へ旅立っていってしまった彼ら。今さらなにを言うのだとしても、もう遅い。彼らは確かに奪っていったのだから。
幻想の中の痛々しい彼らが、もっと生きたかったと願う顔でなかったことは、少なくとも霧切を慰めた。卒塔婆の海に溺れる此岸。地面から引き剥がされた彼岸。桜の樹の下には死体が埋まっている。学園中の死を吸い上げた、鬼気迫る幽玄の繚乱盛衰。霧切は彼らを静かに見つめ返した。今さらなにを言うのだとしても。もう遅い。死は死でしか購えない。生が生でしか願えないように。祈れないように。幻想の中の痛々しい影法師には、すべてが遅すぎたことであった。もっと生きたかったと願うまでもなく。霧切がまだ死ねないと誓うまでもなく。
後ろから足音が近づいてくる。霧切さん。苗木の声が耳に届いた瞬間、幻想は消え失せて彼岸は現実へと繋がる。なに、見てるの。霧切は答えなかった。込み上げる思いを口にするには、霧切は強くありすぎた。儚い願いを真っ白に真っ白に塗りつぶして塗りつぶして、そうすることでしか購えない彼らの死を、どう足掻いても苗木にはわかってほしくなかった。すべてが遅すぎたことでしかなかった。分かち合って、傷つく、までもなく。
枯れた枝はその日のうちに棄ててしまった。









基次郎先生
霧切。
小さい頃から将来の夢はと訊かれるとむくろは決まって強くなりたいと言っていて、それが気に入らなかった。むくろは強くなりたくて強くなりたくてそれが高じた結果、銃や火薬や断末魔やありとあらゆる汚い戦争に手を染めて、それでもそれをよしとしていた。たぶん、平穏というものに、生まれつき縁のなかった女なのだと思う。むくろは他人の死や不幸や壊滅の隙間でしか、うまく息をすることができなかった。強くなりたくて強くなるということが、むくろの頭の中ではこういう形にしかならなかったのだと考えて、当時はあの女のすること全てを笑っていたが、今はそうではない。そういう風にしか生きられないに違いない馬鹿な女だと、むくろのことを哀れむようになった。あながち間違った解釈でもないと思う。むくろが一番最初に間違ってしまったことは、平和な日本に生まれ落ちてしまったことだろう。硝煙に希望の霞む国などに生まれていれば、むくろはこんなに余計に苦しむことはなかった。
平和という結果を求めるための戦争について、むくろは冷淡なほどに無頓着だった。むくろに対して覚えた初めの齟齬はそれだ。戦うべくして起きる戦いに、殺すべき敵と、破壊すべき街と、勝ち取るべき勝利があって、理由などはその添え物に過ぎなかった。あの女にとっては。虐げられる民衆や、掃討する敵の何百倍もの無辜の非戦闘員の、ひとつひとつの生活や生命には、むくろは毛ほども興味を示さなかった。泥水を啜り、夜の森を這いずり、敵の心臓に弾を叩き込む。それがむくろの戦争の全てだった。むくろが失踪して三年。失われた三年間でむくろは人を殺した。たくさんの人を殺した。殺人鬼になって帰ってきた。銃や火薬や断末魔やありとあらゆる汚い戦争に染め上げられた手をして。言葉は見つからず笑顔も作れなかった。ただ、むくろも向こうで死んでくればよかったのに、と、本気で思った。その熱を今でも覚えている。ここはおまえの居場所ではないと。本気で。
「だからなのかもね。あたしたちには場所が必要だったの。それだけよ」
代わりにあたしには平坦な日常とグラスに注ぐ水みたいな称賛と視界を飛ばすフラッシュと着せ替え人形みたいな肉体があった。むくろのいない三年間であたしはそういう人間になった。たぶんむくろはあたしのことを救いようのないバカだと思っていたと思う。だけどお互い様だ。あたしはむくろの三年間を全て聞き出し、代わりにあたしの三年間を洗いざらいぶちまけてやった。クソみたいな連中にドロドロに汚されたあたしの肉体はクソみたいな連中にピカピカに飾られフラッシュを浴びせかけられて、ピカピカに飾られたあたしの肉体を褒めたその口が今度は猫なで声であたしの違う場所を褒める。捌け口はどこでもよくて今のむくろは要するにあのクソみたいな連中にとってのあたしだよ、と言った。悲しんでほしかったわけでも苦しんでほしかったわけでも、ましてや同情なんかがほしかったわけでは、決して、なかった。
「結局おなじことして喜んでんじゃん?みたいな。そういうことなんじゃない」
むくろには銃や火薬や断末魔や死や不幸や壊滅が必要で、逆にあたしはなんにもいらなかった。そのときのあたしにはなんにも必要じゃなかった。
「だから作ったの」
「あたしたちの楽園」
むくろが生きて戻ってきたときにあたしは絶望した。あたしが、むくろが生きて戻ってきたことを喜んでいたから。死ねばいいと思ったのに。本気で思ったのに。あたしたちはあたしたちの全てをかけてあたしたちを殺すことにした。あたしたちを突き動かしたのは、きっと、あの瞬間だった。銃や火薬や断末魔やありとあらゆる汚い戦争に染め上げられた手で、むくろがあたしを抱き締めた、あの瞬間だった。
「ありとあらゆる思惑に汚されたあたしには、あのときのお姉ちゃんがとても眩しかったのです」

「それだけだよ」

「他に理由がいる?」









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