小さい頃から将来の夢はと訊かれるとむくろは決まって強くなりたいと言っていて、それが気に入らなかった。むくろは強くなりたくて強くなりたくてそれが高じた結果、銃や火薬や断末魔やありとあらゆる汚い戦争に手を染めて、それでもそれをよしとしていた。たぶん、平穏というものに、生まれつき縁のなかった女なのだと思う。むくろは他人の死や不幸や壊滅の隙間でしか、うまく息をすることができなかった。強くなりたくて強くなるということが、むくろの頭の中ではこういう形にしかならなかったのだと考えて、当時はあの女のすること全てを笑っていたが、今はそうではない。そういう風にしか生きられないに違いない馬鹿な女だと、むくろのことを哀れむようになった。あながち間違った解釈でもないと思う。むくろが一番最初に間違ってしまったことは、平和な日本に生まれ落ちてしまったことだろう。硝煙に希望の霞む国などに生まれていれば、むくろはこんなに余計に苦しむことはなかった。
平和という結果を求めるための戦争について、むくろは冷淡なほどに無頓着だった。むくろに対して覚えた初めの齟齬はそれだ。戦うべくして起きる戦いに、殺すべき敵と、破壊すべき街と、勝ち取るべき勝利があって、理由などはその添え物に過ぎなかった。あの女にとっては。虐げられる民衆や、掃討する敵の何百倍もの無辜の非戦闘員の、ひとつひとつの生活や生命には、むくろは毛ほども興味を示さなかった。泥水を啜り、夜の森を這いずり、敵の心臓に弾を叩き込む。それがむくろの戦争の全てだった。むくろが失踪して三年。失われた三年間でむくろは人を殺した。たくさんの人を殺した。殺人鬼になって帰ってきた。銃や火薬や断末魔やありとあらゆる汚い戦争に染め上げられた手をして。言葉は見つからず笑顔も作れなかった。ただ、むくろも向こうで死んでくればよかったのに、と、本気で思った。その熱を今でも覚えている。ここはおまえの居場所ではないと。本気で。
「だからなのかもね。あたしたちには場所が必要だったの。それだけよ」
代わりにあたしには平坦な日常とグラスに注ぐ水みたいな称賛と視界を飛ばすフラッシュと着せ替え人形みたいな肉体があった。むくろのいない三年間であたしはそういう人間になった。たぶんむくろはあたしのことを救いようのないバカだと思っていたと思う。だけどお互い様だ。あたしはむくろの三年間を全て聞き出し、代わりにあたしの三年間を洗いざらいぶちまけてやった。クソみたいな連中にドロドロに汚されたあたしの肉体はクソみたいな連中にピカピカに飾られフラッシュを浴びせかけられて、ピカピカに飾られたあたしの肉体を褒めたその口が今度は猫なで声であたしの違う場所を褒める。捌け口はどこでもよくて今のむくろは要するにあのクソみたいな連中にとってのあたしだよ、と言った。悲しんでほしかったわけでも苦しんでほしかったわけでも、ましてや同情なんかがほしかったわけでは、決して、なかった。
「結局おなじことして喜んでんじゃん?みたいな。そういうことなんじゃない」
むくろには銃や火薬や断末魔や死や不幸や壊滅が必要で、逆にあたしはなんにもいらなかった。そのときのあたしにはなんにも必要じゃなかった。
「だから作ったの」
「あたしたちの楽園」
むくろが生きて戻ってきたときにあたしは絶望した。あたしが、むくろが生きて戻ってきたことを喜んでいたから。死ねばいいと思ったのに。本気で思ったのに。あたしたちはあたしたちの全てをかけてあたしたちを殺すことにした。あたしたちを突き動かしたのは、きっと、あの瞬間だった。銃や火薬や断末魔やありとあらゆる汚い戦争に染め上げられた手で、むくろがあたしを抱き締めた、あの瞬間だった。
「ありとあらゆる思惑に汚されたあたしには、あのときのお姉ちゃんがとても眩しかったのです」
「それだけだよ」
「他に理由がいる?」
ステーション墓場
江ノ島。
平和という結果を求めるための戦争について、むくろは冷淡なほどに無頓着だった。むくろに対して覚えた初めの齟齬はそれだ。戦うべくして起きる戦いに、殺すべき敵と、破壊すべき街と、勝ち取るべき勝利があって、理由などはその添え物に過ぎなかった。あの女にとっては。虐げられる民衆や、掃討する敵の何百倍もの無辜の非戦闘員の、ひとつひとつの生活や生命には、むくろは毛ほども興味を示さなかった。泥水を啜り、夜の森を這いずり、敵の心臓に弾を叩き込む。それがむくろの戦争の全てだった。むくろが失踪して三年。失われた三年間でむくろは人を殺した。たくさんの人を殺した。殺人鬼になって帰ってきた。銃や火薬や断末魔やありとあらゆる汚い戦争に染め上げられた手をして。言葉は見つからず笑顔も作れなかった。ただ、むくろも向こうで死んでくればよかったのに、と、本気で思った。その熱を今でも覚えている。ここはおまえの居場所ではないと。本気で。
「だからなのかもね。あたしたちには場所が必要だったの。それだけよ」
代わりにあたしには平坦な日常とグラスに注ぐ水みたいな称賛と視界を飛ばすフラッシュと着せ替え人形みたいな肉体があった。むくろのいない三年間であたしはそういう人間になった。たぶんむくろはあたしのことを救いようのないバカだと思っていたと思う。だけどお互い様だ。あたしはむくろの三年間を全て聞き出し、代わりにあたしの三年間を洗いざらいぶちまけてやった。クソみたいな連中にドロドロに汚されたあたしの肉体はクソみたいな連中にピカピカに飾られフラッシュを浴びせかけられて、ピカピカに飾られたあたしの肉体を褒めたその口が今度は猫なで声であたしの違う場所を褒める。捌け口はどこでもよくて今のむくろは要するにあのクソみたいな連中にとってのあたしだよ、と言った。悲しんでほしかったわけでも苦しんでほしかったわけでも、ましてや同情なんかがほしかったわけでは、決して、なかった。
「結局おなじことして喜んでんじゃん?みたいな。そういうことなんじゃない」
むくろには銃や火薬や断末魔や死や不幸や壊滅が必要で、逆にあたしはなんにもいらなかった。そのときのあたしにはなんにも必要じゃなかった。
「だから作ったの」
「あたしたちの楽園」
むくろが生きて戻ってきたときにあたしは絶望した。あたしが、むくろが生きて戻ってきたことを喜んでいたから。死ねばいいと思ったのに。本気で思ったのに。あたしたちはあたしたちの全てをかけてあたしたちを殺すことにした。あたしたちを突き動かしたのは、きっと、あの瞬間だった。銃や火薬や断末魔やありとあらゆる汚い戦争に染め上げられた手で、むくろがあたしを抱き締めた、あの瞬間だった。
「ありとあらゆる思惑に汚されたあたしには、あのときのお姉ちゃんがとても眩しかったのです」
「それだけだよ」
「他に理由がいる?」
ステーション墓場
江ノ島。
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