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ダンガンロンパ他二次創作ブログ。 ごった煮で姉妹とか男女とか愛。 pixivID:6468073
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窓の外をふわりと影が撫でたような気がして顔を上げる。指先まで疲労に使ってはいたが、意識は逆に冴えざえとして腹立たしいくらいだったので、崩れそうな膝に力を込めて立ち上がるとカーテンを払うように開ける。不気味なほどあおい月を背に、華奢な人影が浮かんでいた。逆光に沈んだ影の中に一対の目が神秘的に光っている。月よりもなお冷たい、銀河の奥に忘れ去られたふるい星のような。こんばんは。穏やかな声が耳に届くまで、息をするのも忘れていたことに気づいてイオははっと息を吸う。こ、こんばんは。その言葉を待っていたように、影はふわりとベランダの手すりに降り立つ。赤と黒の独特な衣服には見覚えがあった。あのときの。そう言うと彼はにこりと笑い、覚えていてくれて嬉しいよ、とやはり穏やかに答えた。夜風がイオのまつ毛に絡まり髪の毛を揺らすが、彼の服も髪の毛の一筋も揺らさないまま逃げるように吹きすぎていく。耳が痛いほどの静寂が舞い降りる。世界から切り離されてしまったような夜だ。
彼はしばらくイオを眺めると、やがて白い手を口元に当てた。きみもまた輝く者であることを失念していた。ルーグごとき悪魔の力で龍脈の力を引き出せるとは。今日の昼間のことを言われていることに気づき、イオはかすかに微笑む。きみは。彼は続ける。死に顔動画に救われたと思うかい。いいえ。それは即座に首を振る。死に顔動画で、わたしは本当に死んだんでしょう。だったらきっと死ぬはずだったんです。なぜ。イオはまばたきをする。それはわかりません。言いながら、そっと胸に手を当てる。方陣を貫き龍脈を解放した、それから、胸の奥に深い渦がある。なにもかもを引きずり込む、貪欲で、暗い、底なしの渦。その渦は(目には見えないが)博多で見たあの傷に似ている、ような気がする。虚ろなルーグに引きずられたことの後遺症かと思っていたが、そうでないことは、今ならよくわかる。彼の目に見つめられるとその渦が広く深くなるような気がする。彼の持つ得体の知れない引力に、まるで従順にひざまづくみたいに。
イオの柔らかな髪の毛に月の光がこぼれて滴るような夜だった。世界から切り離されて、ひとりとひとりで宇宙の果てを旅するような。わたしは、きっと死ぬ運命だったんです。そう言って開いた目の奥の光に、彼はわずかに眉を寄せる。(ルーグ?)イオは笑う。でも、生きてた。みんなが助けてくれた。だから。その一瞬、イオの目に引き込まれていたことに気づいて、彼はすうと目を細めた。きっとこの命は次に使うために残してくれたんです。わたし、「次は必ずみんなのために死にます」
イオの目の奥には悪魔の光が宿っていた。悪魔の供物にされて、人の魂をすり減らし、代わりに世界への自己犠牲をたっぷりと詰め込んで、それでも彼らのために生きようとしていた。彼らのために死ぬために。そのための戦いを待ち望むように。彼はそのとき初めて、死に顔動画というシステムを作ったことを後悔した。この人間はあのときに龍脈とともに殺しておくべきだった。そうしておくのが、この世界とこの7日間とすべての輝く者のためだった。きみはもうなにも考えなくていい。だから、それだけを言う。側に立ち、手を伸ばして頬でも撫でてやろうかとも思ったが、思っただけで、静かに笑った。イオの目はそんなことでは揺るがないほど強く冷たく輝いている。まるで宇宙の果てに置き去りにされたさびしいネビュラのように。冷たい夜だった。音のない、時間もない、孤独で孤独で泣き出しそうな夜だった。今この瞬間にも世界のどこかでは滅亡が進んでいるに違いないのに、そんなことすら忘れさせるような。この夜が雨ならば桜も流せぬに違いない。この夜が偶然なら
、輝く者など殺してしまっていたに違いない。








桜も流せぬ
アル・サダクとイオ。
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髪の毛を焼き切りそうなほどの質量を携えて頬を打つ熱風を、揺らぐ景色もろとも切り裂いて駆け抜ける。反射で吸い込んでしまった熱そのものに鼻の奥と喉の奥の粘膜が焼け焦げるのを感じながら、最後の一歩を踏み込むと同時に拳を握って撃ち下ろした。拳が彼に触れる寸前に、斥力に阻まれるようにそのエネルギーはそっくりそのままマコトに跳ね返る。右腕の肘から下を粉々に砕かれた感触に、喉の奥で悲鳴が弾け、それと同時にパラスアテナが翼を翻してマコトを包み、素早く彼から引き離した。黒いコートの背中は振り返ることもせず、ただひたすらに明後日の方を見つめている。その内側に黒く重たい意思を抱いた、彼は今やひとつのブラックホールのようにも見えた。相対するだけで全身の皮膚がちりつくような、ヤマトの威圧は時間とともにますます強くなる。世界の全てを睥睨するかのごときヤマトの視線を一身に浴びてもなお動ずることのない、真っしろな、若い葦にも似た少年を押し潰さんとするかのように。
龍脈の力を刻々と取り込み力を増すヤマトは、左右に控えたレミエルとアリオクを容赦なくけしかける。しかし彼はものともせず、自らの悪魔でそれらを受け止め、ヤマトを静かに見つめ返したままに凌いで見せた。ヤマトが放つプレッシャーは悪魔ですら膝を折るほどに強まり、風が徐々に死の香りを深めていく。後ろではジュンゴとフミが悪魔たちを下していき、それとともに2人は傷ついていく。元々長く持たせるつもりのない戦いではあった。マコトが一番槍としてヤマトと当たること(、そして可能であれば道連れにすること、)を望んだのも、そのためであった。長引けば長引くほど不利になるこの戦いで、役に立てるとしたらそれしかないと思ったのだった。ヤマトの前ではマコトの力など取るに足らないものであることも、ヤマトの目標が彼ただひとりであることも理解してはいた。それでも仲間たちはマコトの気持ちを汲み、申し出を飲んでくれた。命を懸けてでもヤマトに伝えたいことがある。無惨にも跳ね返された一撃は、まだ、たったの一撃でしかない。
ジプスに入ってからは、自分も含めたジプスの人間の不甲斐なさに忸怩たる思いを噛み締めるばかりの日々であった。セプテントリオンからの試練が始まってからは、特に。力のない人間はせめて峰津院の手となり足となり剣となり盾となり、明日の世界の礎となることを喜びとして全てを捧げることを望まれていた。それすら叶えられず、羽虫のように散っていく人間に、一瞥もくれなかったヤマトに、マコトは絶望した。ヤマトの冷たさ、非道さにではない。ヤマトの望む未来の糧にすらなれない自分たちにである。ヤマトの望むまま、ヤマトの目指すまま、その傍らに全てを棄てて付き従うと決めていたマコトのアイデンティティは揺らいだ。ヤマトのためになれない自分には、生きる価値など。他にも生きる道があると説き、一緒に戦うことを望んでくれた彼の手を取っても、マコトの中のうつろは消えることはなかった。ヤマトの理想ばかりが思考を滑る。強いものだけが、選ばれたものだけが、明日を生きることのできる、そんな、世界を。
炎が吹き荒れ、氷や稲妻が空気を引き裂いて無慈悲に殺戮し、破壊し、打ち砕く。ヤマトは戦っている。たったひとりで。ヤマトの世界はここだ。ここにある。マコトは拳を握る。強い敵をなぎ払い、犠牲に犠牲を重ね、そうしてヤマトはひとりになっていく。孤独になっていく。かしづくものもない荒野の中の朽ちた玉座に、力の世とともに君臨し、それから。マコトは一歩踏み出す。ヤマトの明日はそこにある。それは。(それは)マコトですら従えない、遠い遠い場所だ。暗く、寂しく、惨めな場所だ。マコトはそんな世界では生きられない。そんな場所に、万能の王のような顔をして君臨するヤマトを、マコトは見たくない。マコトさん!彼の声が澄みきった光のように、爆音を切り裂いてマコトを打つ。ヤマトは戦っている。このままなら、ヤマトは敗けるだろう。力に疲れ果てたヤマト。ヤマトの世界は。マコトは駆ける。右腕が燃えるように熱い。ヤマトは振り向きもしない。ヤマトの目は彼しか見ていない。ヤマトの望みは、もう。
ヤマトの望む、強いものが生きる世界。そんな世界に生きられないならば。そんな世界を望まないならば。
「王は死ぬべきである」











王者死すべし
ヤマトとマコト。
何人もの死によってすり減った階は、なお血を吸い足りないとでも言うように、どこまでも冷ややかにそこをゆく人間を跳ね返す。今となっては悪魔の姿がすっかり払われたナラクではあるが、中に足を踏み入れる度に背中にうそ寒さを感じる。いつまで経ってもそれが拭えないのは、最初に起きたことをまだ体が覚えているからかもしれない、と思った。何人もの人間とや悪魔と戦い、もうナラクの敵では歯が立たないくらいに成長したはずなのに。どこからか水の滴る音がする。記憶が暗闇の底から手招きをするような心持ちに、フリンは佩いた刀の位置をそっと正す。ひっ、と背後から引きつるような声がした。き、きみ、きみ。こんなに暗い場所を通るのかっ。恐怖と焦燥に裏返った声に、フリンはそっと肩越しに振り返る。フードを深くかぶったナバールが、体を細かく震わせながらこちらに向けるおびえきった眼差しにぶつかり、少しだけ肩の力が抜ける。
とある男に依頼された最後の仕事が、かつての友を護衛することだった。共にサムライになり、カジュアリティーズを見下していた友ナバールは、フリンたちも巻き込んだ騒動が発端になり、東のミカド国にはいられなくなったという。その騒動よりもはるかに大きな、国を左右する運命の渦中にあるワルターもヨナタンもイザボーも、恐らく彼のことは忘れ去っているだろう。フリンも、依頼を受けるまで彼のことを思い出すことはなかった。久しぶりに顔を合わせたナバールは、かつての虚勢も自信も失い、フリンたちのことももう覚えてはいなかった。かつて出自を鼻にかけ、驕りのままにフリンやワルターを蔑んだナバールは、今や周囲の目に怯え、なにもかも失くしたにも関わらず過去の栄光ばかりにすがっていた。その姿にフリンはもうなにも感じることはなかった。言われるがままに黙って依頼を受けた。人目を避け、ナラクに降り立った今、ナバールは怯え、フリンはやるせない気持ちに微かに息を吐く。
少しずつ歩みを進めてはいるが、すっかり腰が引けてしまったナバールは何をするにも悲鳴のような声をあげ、すぐに立ち止まり、ついには嗚咽じみた声まで漏らす。新宿までまだ先は長いとはいえ、ターミナルまで行けばなんとかなると思っていたフリンは、そんなナバールを少々持て余し始めていた。ナラクは暗く、確かに得体の知れない気配が終始漂う場所ではあるが、曲がりなりにもサムライを志した人間がこうまで醜態を晒すものなのかと、言葉にはならない重たい気持ちになりながら、フリンはため息をついた。ナバール。そして手を伸ばす。ここから先は道が悪い。手を貸すよ。びくりと身をすくませるナバールに、努めて優しい口調で続けると、そ、そうか、そうだな、と少しの躊躇のあとに指先に冷たいものが触れた。細かく震えるナバールの手を握り、フリンは歩き出す。ナバールが少なくとも文句を言わずについてくることに安心しながら、また一つ階を下った。
こうしていると、不思議と昔のことを思い出す。幼い頃から無口で自分の意見を口にすることがほとんどなかったフリンを引っ張ってくれたのは、快活で兄貴肌のイサカルだった。毎日のようにイサカルに連れられてあちこちに遊びに行き、子どもらしいいたずらに勤しんだ。18歳になったら嫁をもらい、畑を耕し、サムライになったイサカルが手柄話を土産に村に帰ってくるのを待つのだと信じて疑わなかった。あの日までは。あの日、全ての始まりの日、選ばれたのはフリンでイサカルは選ばれなかった。その結果、イサカルはフリンを恨み、悪魔に魂を売り渡した。フリンはそのイサカルを殺した。サムライとして、容赦なく、残忍に。同じ村で生まれ育ち、毎日のように一緒に過ごした相手だとは思えないほど、悲惨な別れ方をした。その傷が癒えないうちに、イサカルは再びフリンの前に姿を現す。ホワイトメンと名乗る人ならざるものとして。フリンはまたもイサカルを殺した。どうして救ってくれないんだ、と嘆きながら、血の涙を流してイサカルは死んだ。
こうしているとそんなことばかり思い出す。無口で頼りないフリンを疎んじることもせず、イサカルは手を引いてくれた。小さかったフリンの世界を広げてくれた。楽しいことはすべてイサカルと一緒に経験した。取り返しのつかないことや、サムライには時に非情に徹する心が必要なこと、どうにもならない別れがあることを教えてくれたのもイサカルだった。フリンを恨み、悪魔に堕ちながら、最期に心からの願いを託してくれた。それなのに。それなのにそれなのにそれなのに。ナバールと繋いだ手に知らず知らずのうちに力がこもる。イサカルはもういない。どこにもいない。それなのに自分は、かつてのイサカルの優しさをなぞっている。まるで、そうしていたら、イサカルが帰ってきてくれると信じているように。サムライになった今でも、誰かの思惑に木の葉のように翻弄されるフリンの姿を見て笑い、しょうがないなと手を引いてくれるのを待っているように。
でも、フリンは知っている。イサカルはもういない。自分が殺したのだ。この手で。(この手で)
きみ。遠慮がちに投げかけられた声に、フリンははっとする。もしかして泣いているのか。ナバールの声はひどく静かだった。今まで聞いたことのないほど、穏やかで優しいナバールの声。きみのように強い男でも、辛いことがあるのだね。その言葉に、我知らず頬を熱いものが伝う。きみは優しい。だから、誰もきみを責めたりしない。もしも泣きたいときがあるのなら、遠慮なく泣きたまえ。繋いだ手がわなわなと震える。ワルターもヨナタンもイザボーも、誰もそんなことは言ってくれなかった。誰かを殺せ。なにかを暴け。強くあれ。ただただ強くあれと。誰もが口を開けばそう言った。裏切り、また裏切り、そうして重ねてきたものたちは、今や世界を覆そうとしている。ナバールはそんな場所から逃げたサムライのはずだった。それなのに、その言葉ひとつにフリンは打ちのめされていた。
ナラクの暗闇は、怨嗟が無限に凝り固まったように黒ぐろと深く、冷たい。世界のどこからも切り離されたようなこの場所で、もう自分のことを覚えていない友の手を握りながら、フリンはあとからあとから涙をこぼした。イサカル。イサカル。あの頃きみはどんな気持ちでおれの手を引いてくれたのだ。イサカル。おれはきみのことばかり考えている。イサカル。イサカル。どうか助けてくれ。イサカル。おれはきみがいないと悲しい。イサカル。優しいイサカル。どうかまた手を引いてくれ。おれを許してくれ。どうかまた笑ってくれ。きみを救えなかったおれを、どうか許してくれ。








キミニハカナハナインダヨ
真4。フリンとナバール(とイサカル)
ぴっしぶ再録
失ったものが余りに大きい。彼の場合はその心の在り方も。無人の公園に吊り下げられたサンドバッグの前にぼんやりと投げ出された脚の、ゴムがすり減っててらてらと光っているスニーカーの底を眺めながら、ヒナコはショールを深く巻く。日に日に寒さが募っていくのは、周りから少しずつものが無くなっていくからだろう。ごみごみした街並みや電車や車や名も知らぬたくさんの人びとや、そういった呼吸のような「日常」に守られていたことを、嫌でも実感させられる。街は崩れ、電車や車は鉄くずになり、名も知らぬたくさんの人びとは名も知らぬままその多くが死んでいった。それでも自分が生きていることは、言ってしまえば運命(などという皮肉な偶然の賜物)なのだろう。その自己弁護は疲弊しきった神経をぎりぎりと削るが、それでも、生きていることには違いない。ヒナコは生を愛している。生きていること、それによって生まれるたくさんのものものを。だから戦った。仲間とも。なるべくたくさんの人間と、ごみごみした日常で生きていきたいと思ったからだ

投げ出された脚は動かない。足音を潜めてそっと近づいていくと、あと数メートル、というところで弛緩していた肉体はぴしりと緊張した。気配に気づいて素早く起こした上半身の、かみそりのような鋭い目に射すくめられて、ヒナコは唇をほころばせる。なんや。ケイタは鋭い目をますます眇めてヒナコを睨むが、その程度の威嚇は意にも介さないヒナコに言葉を切る。隣ええ?勝手にせえ。舌打ち混じりに言うが、それでもさりげなく体をずらして場所を空けるケイタの律儀さが、ヒナコは憎めないでいた。ダイチも、イオも、ジュンゴも、恐らくは彼も。ロナウド率いる名古屋チームとヤマト率いる大阪チームを蹴散らしたあと、彼らは積極的に仲間を説得に回った。ダイチやイオの一途さか、あるいは彼の人徳か、説得に耳を貸さない者はいなかった。7体目のセプテントリオンも下し、今は最後に残った決戦を前に、各々が奇妙に穏やかなひとときを過ごしている。
先に沈黙に耐えかねたのはケイタの方だった。なんやねん。ヒナコはその言葉にそっと微笑む。別に。なんか人恋しくなってん。はぁ?あんたの近くは懐かしいねんな、なんか。大阪の匂いがするってゆーんかな。そんなん。ヒナコの言葉にケイタは一瞬沈黙し、なにをわけのわからんことを、と口の中でごにょごにょと呟く。大阪チームと戦ったとき、ケイタと拳を交えたのはヒナコだった。女にもかつての仲間にも容赦のない、実にケイタらしい鋭く重い一撃に骨を砕かれながら、仲魔が粘りきってくれたおかげで拾った僅差の勝利。そのときに壊れたメガネは不細工を承知でフミがくれたテープで直した。視界の端にちらつく影を見るたびに、まだ違和感を残す左腕がちりちりとかすかに痛む。見上げた空はありえないくらいに青く、掃かれたような雲がゆっくりと形を変えていった。こんなに静かな大阪をヒナコは知らない。まるでもうみんな知らない場所で死んでしまったみたいだ、と思う。
ショールをかき合わせるとケイタがちらりとヒナコを見る。寒いな。その言葉にヒナコはまばたきをする。ケイタがそんな風になんでもないことを口に出すのは初めてだったからだ。おまえの言うこと、ちょっとわかる。ケイタは腕を組んで前屈みになった。アイツがな。うん。逃げんなて、おれに言うねん。おれは強いし、もっと強くなることだけで他にはなんにも要らんはずやった。ヒナコはほんの僅か、ケイタの側に近づく。それでもな、おまえ殴ったとき、ちょっと怖かった。うん。おまえを死なしたらおれは大阪でひとりになってまうって、思った。なんでか。ケイタは組んだ腕にあたまをうずめるように項垂れ、やがてあたまを抱えた。おまえを死なしたらおれはまた逃げて、どこにも行けんなるとこやった。おれは強くなりたかったのに。強いモンだけ生き残ったらええって思とったのに。おれは。そこで言葉を切る、ケイタの背中は、ぴくりとも動かない。強い強いケイタ。「強くてもなんにもできん」
彼は静かな目で、ケイタは一緒に戦ってくれるよ、と断言した。ダイチもイオも、ごく自然にそれを受け入れた。ケイタが仲間になると言ったとき、ジュンゴは今まで見たことないほど嬉しそうな顔をした。ケイタは強くて、しかし誰も、そんなことは口にしなかった。ヒナコは。今ここにいるヒナコは、今ここにいるケイタの背中をそっと撫でた。同じことをケイタが思っていてくれた。同じことをケイタが怖がってくれた。同じ場所で生まれて、生まれた場所を失うこと。同じ場所で過ごして、過ごした場所でひとりになること。それだけで、ヒナコにはすべてだった。万の言葉にも匹敵する。ケイタに殴られて砕けた腕で、そんな満ち足りた思いで、ヒナコはケイタの背中をゆっくりと抱く。ケイタはなにも言わなかった。ヒナコの腕を振り払うこともせず、ヒナコの言葉を待つでもなく、ただ黙って、ヒナコの腕に抱かれていた。そうされることを望んでいたみたいに。
空の青さは押し潰さんばかりに冴え、星の光は突き刺さんばかりに冷たく、風に凍え、瓦礫につまづき、壊れたメガネを新しくすることもできない。また明日には、明日があるならば、きっとなにかが失われてゆくのだろう。今までの日常がそこにあったように、これからはそれが日常になる。穴だらけのこの世界で、いずれヒナコも死ぬだろう。たましいを喪い、アカシック・レコードに蓄積された単なる情報に戻る。もしかしたら花を咲かせるかもしれない。海で魚を育むかもしれない。それでも、その日まで、きっと忘れることはないだろう。失い続け、無くし続け、望まぬ戦いの果ての、涙も枯れゆく世界の中で、ひとりにならずに済んだことを、互いに差し延べあった手を見つけられたことを、ヒナコも(、そして恐らくはケイタも)、きっと忘れることはないに違いない。








幾億の光
ケイタとヒナコ。7日目。
ぴっしぶ再録
白い。と呻いたような気がしてフミは肩越しに振り向く。両手をきちんとひじ掛けに乗せてやけに背筋をまっ直ぐに伸ばした実験体が、目を中途半端に開いてこちらを見ていた。なぜか一般平均の九割程度しかまばたきをしない(とはいえ男は通常まばたきが少ないものだが、それにしても眼球が乾きそうで不愉快だ)ジュンゴの虹彩は揺れもぶれもしていないので、やはりこちらを見ているのだろうと嫌々ながらに推測し、フミは細い眉をぎゅっとしかめた。表情筋が正常に働いていないのではないかと疑わしいほどにこの男はいつも同じ顔をしている。いつも、などと言えるほど、行動を共にしているわけでもないのだが。ともあれフミが眉をしかめて見せても、その意味を理解していないのか、やはり目を反らすこともなくまばたきもせず、いつもと同じのっぺりとした無表情がこちらを見返してくるのでますます疎ましい。頑丈だし従順だし静かなもので実験体には向いているのかとも思ったが、買い被りだったのかもしれない。
しばらく睨めつけてもうんともすんとも言わないジュンゴに愛想を尽かし、再び計器に向かう。コンソールに指を這わせて暫し、爆風が頬を撫でる。出てきた数値を記録して振り向くと、床に這ったジュンゴが吹き飛んだ帽子をたぐり寄せてかぶり直すのが見えた。爆発した。あーまあね。なんで爆発するの。フミは細い指で生え際を軽く擦る。召喚アプリ起動時の生体変化を探るためにそこの装置であんたの体に帯電イオンを流してる。人体って七割水だからね。左右の電極から陽陰別々に流して、アプリ起動時に変化が起きたら反応・数値化できるようにする。あと、悪魔も情報とはいえたんぱく質で構成されてるわけだから、理論上はアプリを起動することで悪魔として生成される情報をその前段階で電離させて帯電イオンに変換することが可能なわけ。ついでにその変換を擬似的にやってる。変換された帯電イオンと人工的に流した電流の衝突やそれによる反応でアプリ起動時の肉体的影響や負担も同時に調べてるわけね。そのときあんたの体の一部が電解質化して、帯電イオンに変換され
た悪魔の情報と流してるイオンが引き寄せられて電気的摩擦を起こす。そんで爆発。ま理にかなってるでしょ。んん。ジュンゴはしばらく考えるように首を傾げていたが、結局は黙って椅子にかけなおす。バカは考えるだけ無駄だよ。思考は熱量を奪うから。そう言ってやったがやはり反応はない。煤けた頬をしたジュンゴ。
まだするの。んー。ディスプレイに目を落とす。数値は足りないが機器疲労が大きい。んや今日はおしまい。チューンアップしたらまた呼ぶ。バイバイ。ん。ジュンゴ平気。いつでも呼んで。さてとと頭を切り替えて(ついでにジュンゴも無視して)出た数値を眺めたが、一向に扉の開閉音がしない。ちらと隣を見るとでくの坊よろしくジュンゴが突っ立っている。なに。邪魔なんだけど。ん。ジュンゴは真剣な顔をしている。さっきの実験、フミの役に立った。あ?あーまぁ役に立ってないことはない。正確にはこれから役に立つ。ん。ジュンゴは煤けた頬をそっと笑わせる。フミ。唐突に伸びてきた手にぎくりと体をこわばらせる。思わず携帯を握りしめたフミの手を、ジュンゴの大きな手のひらがそっと包んだ。フミ、白い。ああ。メラニンが足りない。インドアだから。ほほ、と笑ってやると、ジュンゴもわけがわからぬなりにつられて少し笑う。ジュンゴの乾いて煤けた顔と手と静かな目と薄れゆく焦げ臭さとなのめに差し込む陽の穏やかな、破滅的な日常にも関わらずまるで
あつらえられたように奇妙に、穏やかな。
白い、と言われたのは初めてだったと気づいたのはその日の寝しなだった。役に立たなくてもいいのだ、と、言ってくれた人はまだいない。







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