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ダンガンロンパ他二次創作ブログ。 ごった煮で姉妹とか男女とか愛。 pixivID:6468073
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失ったものが余りに大きい。彼の場合はその心の在り方も。無人の公園に吊り下げられたサンドバッグの前にぼんやりと投げ出された脚の、ゴムがすり減っててらてらと光っているスニーカーの底を眺めながら、ヒナコはショールを深く巻く。日に日に寒さが募っていくのは、周りから少しずつものが無くなっていくからだろう。ごみごみした街並みや電車や車や名も知らぬたくさんの人びとや、そういった呼吸のような「日常」に守られていたことを、嫌でも実感させられる。街は崩れ、電車や車は鉄くずになり、名も知らぬたくさんの人びとは名も知らぬままその多くが死んでいった。それでも自分が生きていることは、言ってしまえば運命(などという皮肉な偶然の賜物)なのだろう。その自己弁護は疲弊しきった神経をぎりぎりと削るが、それでも、生きていることには違いない。ヒナコは生を愛している。生きていること、それによって生まれるたくさんのものものを。だから戦った。仲間とも。なるべくたくさんの人間と、ごみごみした日常で生きていきたいと思ったからだ

投げ出された脚は動かない。足音を潜めてそっと近づいていくと、あと数メートル、というところで弛緩していた肉体はぴしりと緊張した。気配に気づいて素早く起こした上半身の、かみそりのような鋭い目に射すくめられて、ヒナコは唇をほころばせる。なんや。ケイタは鋭い目をますます眇めてヒナコを睨むが、その程度の威嚇は意にも介さないヒナコに言葉を切る。隣ええ?勝手にせえ。舌打ち混じりに言うが、それでもさりげなく体をずらして場所を空けるケイタの律儀さが、ヒナコは憎めないでいた。ダイチも、イオも、ジュンゴも、恐らくは彼も。ロナウド率いる名古屋チームとヤマト率いる大阪チームを蹴散らしたあと、彼らは積極的に仲間を説得に回った。ダイチやイオの一途さか、あるいは彼の人徳か、説得に耳を貸さない者はいなかった。7体目のセプテントリオンも下し、今は最後に残った決戦を前に、各々が奇妙に穏やかなひとときを過ごしている。
先に沈黙に耐えかねたのはケイタの方だった。なんやねん。ヒナコはその言葉にそっと微笑む。別に。なんか人恋しくなってん。はぁ?あんたの近くは懐かしいねんな、なんか。大阪の匂いがするってゆーんかな。そんなん。ヒナコの言葉にケイタは一瞬沈黙し、なにをわけのわからんことを、と口の中でごにょごにょと呟く。大阪チームと戦ったとき、ケイタと拳を交えたのはヒナコだった。女にもかつての仲間にも容赦のない、実にケイタらしい鋭く重い一撃に骨を砕かれながら、仲魔が粘りきってくれたおかげで拾った僅差の勝利。そのときに壊れたメガネは不細工を承知でフミがくれたテープで直した。視界の端にちらつく影を見るたびに、まだ違和感を残す左腕がちりちりとかすかに痛む。見上げた空はありえないくらいに青く、掃かれたような雲がゆっくりと形を変えていった。こんなに静かな大阪をヒナコは知らない。まるでもうみんな知らない場所で死んでしまったみたいだ、と思う。
ショールをかき合わせるとケイタがちらりとヒナコを見る。寒いな。その言葉にヒナコはまばたきをする。ケイタがそんな風になんでもないことを口に出すのは初めてだったからだ。おまえの言うこと、ちょっとわかる。ケイタは腕を組んで前屈みになった。アイツがな。うん。逃げんなて、おれに言うねん。おれは強いし、もっと強くなることだけで他にはなんにも要らんはずやった。ヒナコはほんの僅か、ケイタの側に近づく。それでもな、おまえ殴ったとき、ちょっと怖かった。うん。おまえを死なしたらおれは大阪でひとりになってまうって、思った。なんでか。ケイタは組んだ腕にあたまをうずめるように項垂れ、やがてあたまを抱えた。おまえを死なしたらおれはまた逃げて、どこにも行けんなるとこやった。おれは強くなりたかったのに。強いモンだけ生き残ったらええって思とったのに。おれは。そこで言葉を切る、ケイタの背中は、ぴくりとも動かない。強い強いケイタ。「強くてもなんにもできん」
彼は静かな目で、ケイタは一緒に戦ってくれるよ、と断言した。ダイチもイオも、ごく自然にそれを受け入れた。ケイタが仲間になると言ったとき、ジュンゴは今まで見たことないほど嬉しそうな顔をした。ケイタは強くて、しかし誰も、そんなことは口にしなかった。ヒナコは。今ここにいるヒナコは、今ここにいるケイタの背中をそっと撫でた。同じことをケイタが思っていてくれた。同じことをケイタが怖がってくれた。同じ場所で生まれて、生まれた場所を失うこと。同じ場所で過ごして、過ごした場所でひとりになること。それだけで、ヒナコにはすべてだった。万の言葉にも匹敵する。ケイタに殴られて砕けた腕で、そんな満ち足りた思いで、ヒナコはケイタの背中をゆっくりと抱く。ケイタはなにも言わなかった。ヒナコの腕を振り払うこともせず、ヒナコの言葉を待つでもなく、ただ黙って、ヒナコの腕に抱かれていた。そうされることを望んでいたみたいに。
空の青さは押し潰さんばかりに冴え、星の光は突き刺さんばかりに冷たく、風に凍え、瓦礫につまづき、壊れたメガネを新しくすることもできない。また明日には、明日があるならば、きっとなにかが失われてゆくのだろう。今までの日常がそこにあったように、これからはそれが日常になる。穴だらけのこの世界で、いずれヒナコも死ぬだろう。たましいを喪い、アカシック・レコードに蓄積された単なる情報に戻る。もしかしたら花を咲かせるかもしれない。海で魚を育むかもしれない。それでも、その日まで、きっと忘れることはないだろう。失い続け、無くし続け、望まぬ戦いの果ての、涙も枯れゆく世界の中で、ひとりにならずに済んだことを、互いに差し延べあった手を見つけられたことを、ヒナコも(、そして恐らくはケイタも)、きっと忘れることはないに違いない。








幾億の光
ケイタとヒナコ。7日目。
ぴっしぶ再録
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