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ダンガンロンパ他二次創作ブログ。 ごった煮で姉妹とか男女とか愛。 pixivID:6468073
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校門の陰からちらちらとピンク色の髪の毛が見え隠れしていて、それだけで響は嬉しくなって足を速める。下校するたくさんの生徒たちを驚いたように見ながら(、また驚いたように見られながら)、恐る恐る顔を出したファルセットが響を見て笑顔になった。胸の前で小さく手を振る、そこに一刻も早く飛び込みたくていつの間にかかかとが宙に浮く。ファルセット!思いきり飛び付いたにも関わらず、ファルセットは響の伸びやかなからだを苦もなく受け止めた。くるりと一回転して、どちらからともなくにこりと笑う。おかえり、響さん。ただいまー。言いながら響はもう一度ファルセットの胸元に顔を埋めて額をこすり付ける。奇異の視線がいくつも響のからだをかすめたが、響は全く頓着しなかった。ファルセットにも同じものは注がれていたはずだが、顔を上げたときに見たファルセットの顔は、そんなものをちっとも気にしていなかったからだ。響は嬉しくなる。嬉しくてたまらなくなって、またファルセットにぎゅうぎゅうと抱きつく。
ほんとに迎えに来てくれるなんて思ってなかった。ファルセットはいつもの、なんだかぞろっとした格好ではなく、ピンク色を基調とした動きやすそうな服を着ていた。この前約束しましたからね。その言葉を聞きながら、スリムなボトムスに包まれたファルセットの涼しげな足元を見る。その隣に、爪先の少し剥げたくたびれ気味だが溌剌としたローファーが並んで歩いているのも、一緒に。響さんのお迎えのついでにお買い物に行こうかと。じゃーん、と取り出したがま口を見て響は目を輝かせた。わたしも一緒に行きたい!もちろん。ファルセットは見るからに快く頷く。わたしたち食い道楽なので、と、以前ファルセットが楽しそうに言っていたのを思い出した。ファルセットたちと一緒にごはん食べたいなぁ。今日は父の帰りが遅い。がらんとした食卓を思い出して少しうつむくと、ファルセットの手がそっと髪の毛を撫でた。こういうときになにも言わないのが、彼のいいところだと響は知っている。
夕飯時をいくらか後ろに控えたスーパーには人が溢れていた。今日は響さんにも手伝ってもらいますよ!ふん、と腕をまくるファルセットに、響は目を輝かせてうんうんと頷いた。がま口から取り出したメモを手渡し、ファルセットはのんびりとした顔に珍しく気合いをみなぎらせてかごを取った。ファルセットの手の中にも自分のと同じようなメモがあることに気づき、響の顔にたちまち喜びが広がる。わざわざふたりぶん用意してくれていた。(でもそんなに必死なんてなんだかおかしくて笑ってしまう。)その期待に応えようと響はそれはそれははりきってスーパー中を走り回った。ひとり一パックの卵をさらい、トイレットペーパーを下げ、サラダ油を掴んでひき肉のパックに手を伸ばす。本当は商店街で買った方が楽なんですけど、とファルセットは言っていた。スーパーもなかなか修行になるのです、と。おばちゃんたちは本当に強い。必死に腕を伸ばして白菜を引き寄せたときには、響は汗だくになっていた。
ふと後ろを見ると、よれよれになったファルセットが近づいてくるところだった。大収穫の響を見て、ありがとうございます、とふにゃりと笑った。響さん、なかなかやりますね。その言葉に響はへへーん、と胸を張った。会計を済ませて外に出て荷づくりをし、いつの間に買ったやら季節外れの焼きいもを半分に分けた。なんだかわたしたち食べてばっかりだね。そう言うと、ファルセットは少し考えるような仕草をして、平和でいいことじゃないですか、と応えた。響は頷く。本当は、食べてばっかり、なんかではない。わかっている。ちゃんとわかっている。重い荷物を半分持とうと申し出たら、大丈夫ですよ、とファルセットは笑った。そして、寂しげな響を覗き込むようにする。ハミィが待ってるんじゃないですか。労るとも諭すともつかない、ファルセットの声は、ただ優しい。だから思いきり手を振った。いつか、なんて曖昧な言葉では、決して濁すことをしない。それが彼のいいところだと響は知っている。








ヒー・トート・ミー、トート・ミー
スイプリ。響とファルセット。
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かの騒動からひと月余り。メフィストはかつての賢王ぶりを発揮し、呆けた城の体制と騎士団を叩き直して国中を謝罪に飛んだ。三銃士と呼ばれた彼らももれなくそれに随行し、幾度となく下げた頭を何度でも地面に擦り付けては過ちを火のように悔いた。彼らの退位除名を求める声は、穏やかなメイジャーランド国民とはいえないでもない。しかしアフロディテ及び姫の有事の素早い対応は国民に好意をもって受け入れられ、また彼らの過去の功績の今もなお続く高い評価を受けて、彼らの所業は不問という形で処理されることとなった。かの戦いの影の功労者である先王と、゛全ての音の源゛が、またメイジャーランドの恩人である少女戦士たちが、彼らをとうに許していたからとも言える。幸福のメロディーの歌い手である白猫の妖精が、その歌声でもって国中から暗い影を取り払った決着の日から、メイジャーランドとそこに住まう心優しい国民たちはまたひとつ魂に澄み渡るものを受け入れることとなった。かつて国中から忌避されていた「かなしみ」と呼ばれるものである。
地下の修練場にりんと張り詰めた静寂が漂う。バリトンはレイピアを片手に構え、じりじりとつま先を土がむき出しの地面に這わせた。対するファルセットは、両手をだらりと垂らしたまま、目だけを油断なくレイピアの切っ先に向けている。手にしているのはメイジャーランドでは珍しい片刃の剣で、刀身がわずかに反っている。食い縛った歯の間から短く息を漏らしてバリトンは距離を詰めた。眉間を狙った突きはファルセットの髪の毛を揺らすに留まる。斜め下から振り上げられた刃をこちらも紙一重でかわし、距離を取る。今度はそちらから向かってくるファルセットが、土くれに足を取られたのか不意に体を揺らした。バリトンは好機を逃さなかった。鎖骨の隙間を狙って刃を繰り出そうとした瞬間、ファルセットが体勢を立て直した。半歩ずらした体に突きはあっさりと空振り、伸びきった腕を肘で押し退けられた。引き戻そうとしたレイピアのヒルトにポメルを絡ませ、高い音を立てて弾き飛ばす。バリトンは詰めていた息をゆっくりと吐き、レイピアは地面に力なく落ちた。
そういう奇手をやめんかと言っとるだろうが。ファルシオンを担ぐようにバスドラが近づいてくる。いやぁわかってるんですけどね?ぼく非力ですし。剣を鞘に納め、ファルセットは困ったように笑う。真っ当な打ち合いじゃふたりに勝てないんです。しびれた手の甲を軽く振りながら、ついでにひとつ舌打ちをしてバリトンはレイピアを拾い上げた。その奇手にあっさり引っ掛かった自分が憎い。次はとバスドラがファルシオンを構えようとしたとき、扉がそっと開いてかぐわしい春風が流れ込んできた。取り込みのところを失礼。アフロディテ様!3人は顔を見合わせ、慌てて傍らに放り出してあったマントを着けると彼女の足元に跪いた。よいのです。楽になさい。しかし、と言い淀むバスドラの肩に手を触れ、砂埃を払ってやりながらアフロディテはにこりと笑った。王も姫もおらず無沙汰なのです。外に出たいので、護衛を頼みたいのだけれど。は、と3人は揃って頭を垂れた。アフロディテは手に既にバスケットを持っている。
草花萌え出づる緑野に柔らかなブランケットを敷いて、アフロディテは静かに紅茶を注いだ。王妃手ずから淹れたそれは、緊張に強張った3人の手足と胃袋にあらたかに染み渡る。どこぞより飛ばされた花びらが美しい金の髪に絡んだ。アフロディテは穏やかに街並みを見つめている。バスドラがカップを置いて立ち上がった。では、と短く礼をして(武器を帯びているので全礼をしない騎士式の礼である)、そっとその場を立ち去った。バリトンも同じようにする。ファルセットはカップをまとめてバスケットに戻し、剣を鞘ごと外してその傍らに置いた。アフロディテがファルセットと話したがっている、と、言葉にせずとも汲むことのできるバスドラを、王も王妃も重宝しているに違いないとファルセットは思った。アフロディテの目に障らないよう、彼女の斜め後ろにそっと膝を突く。メイジャーランドは平和そのものだ。自分を責めているのではありませんか。だから、アフロディテの最初の言葉には、それがどのような内容であれ、頷こうと決めていた。
アフロディテは肩越しに振り向き、あなたならそう言うと思っていました、と慈愛そのものでほほえむ。わたくしは取り返しのつかないことをいたしました。ファルセットは項垂れる。今日も、メフィストはまた謝罪の旅に出ている。随行させてほしいとのファルセットの強い申し出を一蹴して。許されるはずのない罪を許され、地位も守られ、この上どのようにして皆に償えばよいのか、わたくしにはわからないのです。せめて。せめて楽にしてほしかった、などと言い出すのではないでしょうね。アフロディテの言葉にファルセットは打たれたように深くうつむく。逃げることは裏切りです。わたくしたちだけではなく、バスドラとバリトン、メイジャーランド、あの少女たち。あなたを救ったものを全て裏切るのですか。アフロディテの言葉にファルセットはまばたきをする。しかし。自分がしたことは悪夢となって毎夜のようにファルセットを苛む。取り返しのつかないことをしようとしていた。この手で守るべき全てを、この手で擲とうとしていた。
ファルセット。爪が食い込むほど握りしめられた手に手を触れさせ、アフロディテは静かに言った。わたくしは思うのです。わたくしたちからあのときの悲しい記憶を全て消し、メフィストとあなたたち三銃士のしたことを夢のように消し去ることも、あの戦士たちにはできたはず。それをしなかったのは、あなたたちが憎いから、あなたたちを苦しめたいから。そうではないのだと。ファルセットは顔を上げる。あの戦士たちは言いました。悲しみを受け入れると。自分達と違うものを、違うから、拒絶するのではなく、違っていていいのだと。悲しみだって、大切な心だと。アフロディテはにこりと笑う。ファルセット。悲しみなさい、悲しんで、苦しんで、悔やんで、それでいいのです。それを受け入れて、受け入れられて、あなたはここにいるのだから。ファルセットは目を丸くした。まばたきをすると、胸の奥がしわしわに軋む。あなたがいなければ。アフロディテはそっとファルセットの手を撫でる。わたくしたちは本当の悲しみを知ることはなかったでしょう。
野には花が咲いている。桃色、黄色、純白、紫。赤に青に橙に空色。ファルセットは目を閉じる。あの日々。戦士たちと戦い、悲しみに寄り添った日々。不思議と毎日が楽しかったのです。我知らず、ファルセットはぽつりと呟いていた。ぼくは、ひとりではなかったから。ずっと。アフロディテがじっとこちらを見つめていることに気づいて、申し訳ありませんとひれ伏すファルセットを、アフロディテはやはりほほえんで見つめていた。セイレーンの傍にハミィがいたように、あの大いなる悲しみの傍にファルセットがいたように、誰も、確かに誰も孤独ではなかった。バスドラとバリトンが手に手に花や木の実を抱えて戻ってくる。城に虹色の鍵盤がかかった。メフィストも戻ってきたようだ。帰りましょう。ファルセット。アフロディテの言葉に、ファルセットは笑って頷く。風は遠く遠く遠くから吹き、ファルセットの髪の毛を揺らしていった。








種の日々
スイプリ最終回に寄せて
悪いことするの、と訊いたときに、まぁ、悪いこともしますねぇ、と、なぜか懐かしいような顔でファルセットが言ってからというもの、響の中での善悪は湯煎のチョコレートとミルクのように曖昧に融け合ってどこにも滲まない。じゃあもう聞かないよ、と答えた。それでも友だちだもん。響の言葉のいちいちに、ファルセットはほどけるように笑う。赦していくようなファルセットの笑顔。傍らの鞄からビニル袋とそこに入った濡れタオルと鞘のついたナイフを取り出す。次いで取り出された桃に響は歓声をあげた。桃、好きですか。大好き!ファルセットはにこりと笑うと、小さなナイフで小器用に丁寧に皮を剥いていく。形のよい指先だ、と響は思う。汁が垂れてうす甘く光るファルセットの指。はい、あーん。ひときれ削がれて差し出された果肉に、響は待ちきれないように口を開けた。おーいひーい!口の中に広がる瑞々しさと鼻をくすぐる甘い香りに響はたちまち笑み崩れる。桃は素晴らしい。甘く優しく、その上響のいちばん好きな色だ。
少し固いかと思ったんですが。自分も同じように桃を口にして、うん、とファルセットは満足そうに頷く。おーいしーい。響は応えるようにうんうんと頷き返す。もっとちょーだい!あまりぴったりくっつくとうまく桃が切り取れない。少し(、だいたい拳ひとつぶんくらい、)離れた位置から急かすと、ファルセットはまた桃を削いでは差し出す。歯を僅かに押し返す果肉の弾力に頬が緩んだ。少しくらい固い方がおいしいよ。こんくらい、と響は自分の口元を指差す。そうですかぁ。ファルセットは首をかしげる。もっと熟した方がよくないですか。だって剥くとき、ぐじゅっ!(と響は桃に指を食い込ませるような手振りをした)てなるじゃん。ああそれは確かに嫌ですねぇ。言いながらもファルセットの指は桃を少しずつこそげ、響はなにくれと喋りながらもてきぱきとそれを平らげた。残った種は響きがもらった。口の中に入れて丁寧に果肉を食べ尽くし、種は日当たりのよい場所にこっそり埋めた。
腰かけていたベンチに戻ると、ファルセットはビニル袋に皮を片付け、濡れタオルで手を拭いていた。おしまい。隣に座る響を見て、ファルセットは両手を広げてにこりと笑う。ありがとう。とってもおいしかった。今度はもっと持ってきましょうねぇ。うん!そしたら奏がきっとおいしいお菓子にしてくれるよ!ファルセットはにこにこと笑い、響の手を取ってそこも丹念に拭いた。それはすごくいいですねぇ。響はきれいに拭われた両手を見て、タオルもビニル袋に入れて鞄にしまいこむファルセットの袖を引いた。ファルセット。ん?首を返してファルセットは笑う。無言で響の出した両手に、やはり無言で素直に手のひらを置く。やっぱり。その手を鼻に近づけて、響は屈託なく笑った。いい匂い。そうですかぁ?ファルセットはくすぐったそうに微笑み、もう片手を自分の鼻に寄せる。よくわかりません。えーなんでー?響は驚いたような顔をした。すっごくいい匂いだよ。
桃の香りのするファルセットのしろいたなごころを見ながら、響はまばたきをする。曖昧な善悪。チョコレートとミルクのように、甘やかに混ざるだけではない。わずかにくぼんだまん中に鼻先を押し付け、すぅ、と響は深く息をする。覚えておこうとするように。いつか、もしかしたら、憎み合うことになり、傷つけ合い、もしかしたら、もしかしたら、彼のことを本当に本当に嫌いになってしまうようなときのために。彼のすべてを憎み、恨み、疎んじてしまわないように。彼のことを確かに好きだったと、彼が大切だったと、いつでも胸を張れるように。髪の毛を柔らかいものが撫でた。どうしたの。顔を上げる。ファルセットは笑っていた。ううん。だから響も笑って首を振る。大丈夫ですよ。うん。わたしたちきっと大丈夫だね。言うなり響は腕を広げてファルセットの首に巻きつけた。わたしたちきっと大丈夫。だって。言葉にならなかったのはファルセットが優しく髪を撫でるせいだ、と思った。滲まないものばかりを、選び取って彼らは戦う。いつか終わる日まで。休むことなく。









まつ毛に白桃
スイプリ。ファルセットと響。
石をふたつみっつ放り込むと水面が揺れて、波紋がそこに映る男の顔をぐにゃぐにゃに歪ませるのがおもしろくて何度かそれを繰り返した。いい加減うっとうしいような顔をした血色の悪い男は、そろそろやめないか、と呆れ返った口調で言う。え、なんで?貴様が投げ込んだ石はこちらにまで届いているのだ。顔に当たって痛くてかなわん。えっ本当に、と響が顔を輝かせると、嘘に決まっているだろうと男はうんざりしたように答えた。それよりもなぜ嬉しそうな顔をした。もっと違うものを入れてみようかと思って。あれとか、と響は殺風景な石畳に片寄せられた廃材の山を指さす。そんながらくた投げ込んでみろ、承知せんぞ。でもここが片付くからみんな喜ぶと思うよ。響の言葉に男は露骨に顔をしかめた。よくもこんな爆弾娘を連れて来たものだな。ファルセット!何度か呼ばわるも返事はない。いないよと響が代わりに答えてやった。どこへ行った。しらなーい。時計塔の屋上はがらんとして人気はない。
申し訳程度に穿たれた窓からはいい加減赤く染まる空が見えた。床をしかくく切り取る赤光を時おり影がよぎる。響は彼についていくのを咎められなかったのでついてきただけだ。あの時計塔にこんな隠し部屋があったことがまず驚きで、人気はないがそこかしこに隠しようもない生活感がごたくたと転がっていたことがそれ以上におかしかった。ここに住んでるの。興味津々で訊ねると、そうだよ、と彼はなんでもないように答える。ひとり?いいえ。ぼくを入れて4人。家族なの?響の言葉にうーん難しいなぁと彼は首をかしげ、まぁ当たらずとも遠からずといったところでしょうか、と答えた。当たらずとも遠からず。その言葉が気に入って、響は何度か口の中で転がしてみる。うん、いいね。当たらずとも遠からず。そうですか。彼は息を吐くように笑った。今日は、みんないないの。いろいろと事情がありますから。響は後ろで手を組んでうろうろと石造りのそこを歩き回る。水鏡がしゃべったのはそのときで、響はそれが一目で気に入った。
偉そうなおじさん。響は水鏡の脇にしゃがんで、指先で水面に触れる。男の顔がまた緩やかに揺れた。なんだその呼び方は。だって名前知らないから。男は唇を不愉快そうに曲げ、なぜ貴様のような小娘がここにいる、と先ほどから何度も繰り返している問いかけをまた響に投げつけた。だって帰れって言われなかったから。ええと、ファルセットに。ここは子どもが遊び半分に来るような場所ではないのだぞ。でも帰れって言われなかったよ。だったら言ってやろう。今すぐ帰れ。そして二度とここに近づくな。響はむくれる。おじさんに言われたって知らないよ。わたしはファルセットと一緒に来たんだから。ならばあれの口から帰るように言わせてくれる。ファルセット!だからいないんだってば。男は歯ぎしりのような唸りを上げて髪の毛を掻きむしった。古いワインのような赤い髪の毛。響はまばたきをして水鏡を見つめる。おじさんおもしろいね。男はどっぷりと疲れたような顔で響を見る。
響はおもむろに靴を脱ぐと、そっとつま先を水鏡に降れさせた。わっ冷たい。何をしている。突然足を突っ込まれた男がうろたえたように言った。入れるんじゃないかと思って。入れるわけがないだろう。男は慌てたように言い、シッシッと響を追い払うような仕草をした。入れるよ。響はむきになって、そこに飛びかかろうと身構えた。男の顔が青ざめる。よせ!その言葉に呼応したように、響の両腕が後ろからそっと掴まれた。どうしたんです。首だけで振り向くと彼がぱちぱちとまばたきをした。裸足で、なにしてるんです。ファルセット!貴ッ様ァどこをほっつき歩いていた!いえすみません別に大した用事では。激昂する男にへこへこと頭を下げながら、彼はそっと響を水鏡の死角へ連れ出した。いつの間にか手に靴も持っている。怒られちゃった。あのひとはいつも怒っていますから。悪びれずに言う響に、彼は困ったような顔をした。それより、これを。差し出された靴を受け取る。あしのうらが冷たい。
ファルセット。響は手を伸ばして、今度は逆に彼の両腕を掴んだ。その目がじっと響を見る。帰れって言わないで。まだ。少しでいいから。彼は一瞬考えるような顔をして、首を伸ばして水鏡を見た。男の声は聞こえない。帰れって言われたけど、わたしはまだ帰りたくない。あのおじさんとも、また話したいんだ。彼はそれには答えずに、あのひとが怖くないの、と問いかけた。うん。怖くない。響は頷く。おもしろいおじさんだったよ。彼はそれを聞いて、崩れるように笑った。窓から射し込む光は力をなくし、濡れたつま先が今さら冷たい。ファルセット。あのね。言いかけた言葉は喉元に絡んだ。咳き込むように笑って、響は彼の胸に額を押し当てる。帰れって言わないでくれてありがとう。どういたしましてと彼が穏やかに言う。あの水鏡に飛び込んでいたらどうなっていたのだろう、と思う。彼は追ってきてくれただろうか。それとも。(それとも。)








ガニメデトラベラ
スイプリ。メフィストと響とファルセット。
いつから彼がそこにいたのかはわからないが、気づいたら彼の場所に足を運ぶのが習慣になっていた。彼はいつもひっそりとうずくまるように座っている。広場の階段の隅であったり、モニュメントの近くのベンチだったり。人混みからわずかに離れた場所に、彼はいつもひとりで座っている。ひっそりと、うずくまるように。そして誰もが彼に気づかないように通りすぎていく。彼の髪の毛は桜のような色をしていて、遠目で見ても恐ろしく目立つというのに。響は長い脚をいっぱいに使って駆けると、あっという間に彼の隣に座を占めた。そうしてはじめて気づくように、彼の柔和な顔が響を見る。学校はもう終わりですか。うん。響は生返事ぎみに頷くと、膝に置いた鞄をかき回した。帰りしな買ったキャラメルメロンパンの袋が、教科書の間でくちゃくちゃに潰れている。紙の袋をばりばりと破り、スカートにざらめの溢れるにも頓着せずに響は出てきたメロンパンをふたつに割った。あげる。彼は意外そうな顔をして、それでもありがとうとそれを受け取った。
響がメロンパンにかじりつくのを待ってから、彼もパンを口に運ぶ。はみ出たクリームの指につくのを舐めながら、響はそのくたびれた横顔を盗み見た。あんまり若くないな、と思う。パパとどっちが年上だろう、と。目の下に隈がある。彼がまばたきをするたびに、そこがわずかに引きつるように動いた。量の多くゆるやかにうねる髪の毛も、濃い眉も、垂れた目の奥の瞳も、覚めるほど鮮やかなピンク色をしている。なんて目立つあたまなんだとじっと彼を見ていると、ふとこちらを向いた彼と目が合った。へへっと笑うと彼もふにゃりと笑った。笑顔はパパよりずっと若い(、というか、幼い)、と思う。ごちそうさまです。彼は手に残ったざらめをさらさらとはたき落とす。どういたしまして。指を舐めながら答えると、彼は着ている白いブラウスの袖を伸ばして、響の顔に手を伸ばした。ついていますよ。口の脇についたクリームとざらめを拭われて、響はまばたきをする。ありがとう。どういたしまして。彼はまたふにゃりと崩れるように笑った。
響はハンカチで手を拭うと、優しいんだね、と言った。その手で彼の袖を引き、乾いた手を取って袖をじっと見下ろす。汚れちゃった。気にすることありませんよと彼は本当になんでもなさそうに言った。あれはいつだったろうか。歌が苦手なんですと彼は言った。冷たい風の吹いたかはたれ。もう暗くなる街の灯の、あえかに揺れる春の終わり。いつから彼がそこにいたのかはわからないが、それが初めてでは、おそらく、なかったような気がする。わたしの友だちがさ。響は彼の手を取ったまま言う。カップケーキ作るのが上手でね。へえ、と彼の声がする。響の視線は彼の手に落ちたまま、ゆるやかにそのくたびれた手をなぞる。今度もらってくるよ。また一緒に食べよう。投げ出した響の靴の先を風が吹く。甘いの、好きでしょう。そう言って彼の顔を見る。柔和に微笑む横顔。もう帰らないと。まるで子どもみたいなことを言うと、彼は響の手を取って立たせた。また明日ね。響の素直な声に彼は手を振る。
約束に意味はないけれど、それを重ねる限り、昨日を繰り返すようにまた会えるのだと、どちらからともなくそうするようになった。いつからそこにいたのかわからない彼と、いつ出会ったのかも思い出せない響が、昨日の延長をぐずぐずと寄り添うことはそう不幸なことでもなかった。楽譜の端の繰り返し記号に跳ね返されるように、ただ昨日に戻るだけの明日ではあったけれど。彼の目立って仕方がないあたまはいつの間にかどこにも見えない。はにかむように言った、歌が苦手なんだという言葉を思い出す。同じだね、と響は言った。あのとき。わたしもピアノが苦手。彼はなんと言ったろう。どうしてもその先を思い出せずに、何気なくスカートをはたくと、落ちきらなかったざらめがつぶつぶと溢れた。繰り返すのは悪いことではないと響は思う。いつ出会ったのかも思い出せない彼が、いついなくなっても不思議はない。いつか彼を望まなくなる日が来たら、二度と会えなくなるのだと気づいていた。











輝かない
スイプリ。響とファルセット。
いろいろ超次元設定。
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