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ダンガンロンパ他二次創作ブログ。 ごった煮で姉妹とか男女とか愛。 pixivID:6468073
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戦刃むくろの視線は物言わぬそれだけで肉厚のナイフのように鋭く冷たい。背骨に絡まる敵意を優雅に踏みにじり、セレスはわざわざ全身で振り返った。なにかご用ですの。視線の先の戦刃はいつものように暗い目をして、別に、と吐いた。ぼそりとしたその声に、取り立てて敵意も悪意も感じられないことにセレスは内心驚嘆する。単に気に入らないというだけなら一向に構いはしないのだが(好かれるように生きてきたつもりはこれっぽっちもない)、このおもしろくもおかしくも胸も色気もない女になにがしかの思惑があっての敵意だとして、それを他人に対して本気でぶつけようと思っているのならば、セレスはまばたきひとつする間にも蜂の巣にされているだろう。超高校級の軍人という肩書きを舐めたことは一度もないし、その上悲しいかなセレスには蜂の巣にされるであろう理由が両手足の指ほども思いつく。あえて先手を打っておいたが戦刃はなにもしようとはしてこない。戦刃の暗い目は眠り損ねた子どものようだ。つまり、圧倒的な不十分。
セレスは畳み掛けるようににこりと微笑む。お茶のお相手をお探しでしたのなら、申し訳ありませんけれど先約がありますの。戦刃はまばたきをした。そんなつもりはない、のだけど。浮世離れしたという点においてならば大差ないふたりだが、意味合いは天と地ほども異なる。わたくしの背中にゴミでもついていまして?戦刃はその言葉に視線を反らした。斜め下を見るその仕草は何故かはにかんでいるように見える。おや、と内心セレスは首をかしげた。本当に意味のない視線だったのか。それにしては妙に意味深な、絡まるような。用事がないのでしたら、わたくしもう行きますけれど。言うなり戦刃は顔を上げた。あ、うん。すまない安広。その名前では呼ばないでくださいませんこと。やや言葉に力を込めて塗りつけるように言うと、戦刃は素直に頷いた。すまない。セレ、セレスティア、なんとか。もういいですわ。本当に匙を投げつけてやりたい気持ちでセレスは髪の毛を払った。戦刃は胸の前で手を組み合わせてうつむいている。
本当にご用はありませんの?普段のこの女の行動からはやや外れた反応を続ける戦刃に、セレスはいぶかしげな視線を投げかける。大した用事じゃない。消え入りそうな語尾に、ふうんとセレスは頬に手を当てる。盾子ちゃんが。あ、いや、江ノ島が。いちいち言い直さずとも、戦刃むくろと江ノ島盾子が姉妹であることは周知の事実である。さらに、戦刃が江ノ島のことをどうしようもなく愛していることも、セレスたち78期生にとっては今や当たり前のことだった。江ノ島さんがわたくしになにか用ですの?セレスにしては根気強く訊いてやると、戦刃は蚊の鳴くような声で答えた。友だち、作りなさいって。盾子ちゃんが。はぁ?セレスは形のよい眉をしかめる。意味がわかりませんわ。だから。戦刃は暗い目をまたたいて、小さく息をした。いつまでも盾子ちゃんにべったりなのはよくないって。だから、もっと他にも目を向けて、みんなと仲よくなった方がいい、って。戦刃はそれだけ言って、やはりはにかんだように首を振った。
眉間に寄せたシワを指先でほぐすようにしながら、セレスはため息をつく。お伺いしたいのですけれど。戦刃が顔をあげる。どうしてわたくしですの?お友だちになりたいのなら、朝日奈さんや舞園さんの方が易しいですわよ。その言葉に戦刃は、今度は機敏に首を振る。わたしは、不器用だから。不器用なのでしたらなおさら。違う。セレスティアはきっとわたしを怖がらない。セレスは戦刃を眇めた。わたしは、知らない。人との接し方も、友だちの作り方だって。どうしたらいいのかわからないから。だからあの敵意か、とセレスは呆れたような気持ちでまばたきをする。ナイフを突きつけて迫るようなそれを友情と呼ぶようなおかしな女だ。戦刃は。おかしなひと。だからそれを口に出す。お友だちなんていなくても生きてはゆけますのよ。わたくしのように、とは、言わなかった。例えばそれを信じている易しい優しい彼らを、なぜか、庇いたくなった。今、この瞬間だけ。戦刃は困ったような顔をした。困ったような、戸惑うような、今までで一番人間くさい戦刃の顔。
そのとき、ドスドスと響き渡る重たい足音にセレスは眉を寄せた。救われたような気持ちで。おおおこれはこれはセレスティアルーデンベルク殿に戦刃むくろ殿!こんなところでなにをしておられるのですかな?汗だかなんだかでメガネを曇らせた山田は、ふたりを順番に見てなぜか満足げに笑った。ここで出会ったのもなにかの縁ということでーもしよろしければ拙者の次の作品のモチーフとしてご協力を願いたいのですがーああ女王に仕える女騎士というパラレルものでしておふたりには似合いかとーヌホホホホぶっ。山田の腹に痛烈なミドルニーを放ち、セレスはにこりと笑った。構いませんわよ。戦刃はぽかんと開いていた唇を引き締めた。お友だち。なって差し上げてもよろしくてよ。戦刃はなんとも言えない顔をした。困ったような、戸惑うような。あなたのようなひとには、いつか重荷になるかもしれませんわ。きっとあなたはお友だちなんていなくても生きていけますもの。戦刃は首を振った。そして、笑う。嬉しい。セレスはそっと笑い、山田の背中に乗せたままのかかとを引い
て降ろした。
戦刃むくろはおもしろくもおかしくも胸も色気も、恐らくは、ためらいもない女だ。だから忠告してやったのに。セレスは長いまつ毛を伏せるふりをする。きっといつか、この女は後悔する。優しい易しいものに足を取られて、それでも棄てられないものものに、暗い目をするのだろう。悲しむのではなく、ただただ不本意と。自分で選んだにも関わらず、ただ、ただ、不本意と。戦刃はセレスをじっと見た。セレスもにこりと微笑み返す。お友だちって、面倒くさいものですのよ。それでも嬉しそうに戦刃が頷くので、いつか傷つけばいいと諦めた。









おほしさまシュウェルトライテ
セレスとむくろ。
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空が遠い。冬は、空が遠い。温水プールにあお向けに浮かんでガラスの屋根の向こうを見る。ふと、空と水との境目が皮膚と目の奥で繋がる、その瞬間。朝日奈は世界のありとあらゆるものから解き放たれて孤独になる。顔のすぐ横で波打つぬるい水の、その向こうではゴウゴウとなにかが唸っていて、それは朝日奈の耳の奥にゆったりと沈んで真っしろなボルテクスになる。真っしろな、永遠の渦。いくつかレーンを挟んだ隣では、数人が50メートルを何本も何本も繰り返し泳いでいる。水を掻く腕の唸りが、朝日奈のいるところにはまるで柔らかなドレープのように届いた。機敏な弾丸のようなスイマーのからだ。ゆっくりとまばたきをした朝日奈の頬を、まつ毛についた水滴が滑り落ちていく。冬は空が遠い。呼吸するたびに胸が締め付けられるようにきしんだ。1000を2本と500を5本、泳いだ朝日奈の腕はこのまま水にもぎ離されそうに心地よく疲労している。ざばりと、水の音。向こうの彼らが撤収していく。
朝日奈にとっての泳ぎとはただひたすらとにかく水を掻いて掻いて掻いて掻いて前に進むだけの懸命でがむしゃらなもので、それに美しさや優雅さが伴ってきたのはごく最近のことだ。フォームが洗練されればもっと速くなれると言われたので、それを試した。試したら試しただけ速く強くなる自分のからだを朝日奈はこの世で一番信頼している。新しいこと、よいこと、自分を高める行為であればなにもかも、朝日奈は喜んでそれを受け入れた。そのたびに上へと跳んだ。上へ向かうことは楽しかった。よいものと強いもので満たされた朝日奈のからだ。それなのに、と朝日奈はわずかに首を動かした。それなのに空はどんどん遠くなる。上へ上へと上り続けているはずなのに。ガラス越しの空は掃かれたような雲とうすい日光で眠たげに広がっている。ときどき鳥が横切った。冬の鳥も遠い、と思う。手の届かないもの。遠いもの。世界のありとあらゆるものから解き放たれて孤独になってもなお、遠いもの。
ざばりと腕を動かした。背中の水を抱くように、腕を横に広げる。朝日奈の呼吸の音や脈や鼓動が水に溶けて広がって、やがてプール全体がひとつの生き物のようになる。朝日奈と呼吸の音や脈や鼓動を共有した、朝日奈よりももっとやさしい生き物。ゴウゴウと耳元で朝日奈の生命が唸る。それはゆっくりとゆっくりと沈んでいく。真っしろな朝日奈のボルテクス。どんなにか速く強くなってもなお、どうにもならないことがある。その事実は朝日奈を傷つけもしたし癒しもした。どんなに強くなってもどんなに速くなっても、空は遠く遠くにあったし、がむしゃらに水を掻く一個の生命の弾丸でいられたならば、それが自分には一番いいのだと、嘘でも思っていられた。あー。朝日奈は喉の奥で唸った。水が震える。あああああ。あー。ドミソミド、ド。ふふっと笑うと楽しげに水も揺れる。ゆっくりと回る、まわる、朝日奈のボルテクス。やさしい生き物に包まれる幸福。生ぬるい幸福。
石丸う。朝日奈は空を見上げながら呼びかける。あまり長く浸かっていると風邪を引くぞ。石丸のきびきびした声は気持ちがいい、と思う。引かないよ。視線だけを動かすと、石丸の真っしろな制服の膝と脛と、屋内プール専用のつっかけを履いた爪先が見えた。なんか用。施錠の時間だ。あもうそんななんだ。朝日奈は身を翻すと水中に躍り込んだ。途端に世界が返ってくる。朝日奈の世界。プールの底を蹴って膝から下を柔らかくしならせる。朝日奈はぐんぐん加速していく。生命の弾丸。プールの壁を蹴って、さらに速く。もっと速く。もっと、もっと、もっと。遠くへ。水から顔を出すと石丸が拍手をした。素晴らしい速さだ。ニヒッと笑って朝日奈は髪の毛を払った。髪留めが、プールの底に沈んでいる。きみも確かに天才だな。石丸が独り言のように言った。朝日奈は笑う。永遠に届かないものがあることは幸せだ。どこかの檻で、天才と呼ばれることよりもずっと。石丸はそれを知っているのだろうか。朝日奈は思う。そうやってきれいな言葉で蔑んで、誰も彼もを傷つけていることを知っているのだろうか。
朝日奈はプールサイドによじ登る。途端に重力に押し潰されそうになる。石丸は向こうを見ていた。お手本のような石丸の横顔。その目の奥のボルテクス。前ばかり見る石丸。上ばかり見る朝日奈。真っかな石丸。真っしろな朝日奈。手の届かないものに、打ちのめされる地を這う朝日奈。石丸はなにが怖いのだろう。朝日奈はしなやかな脚を振った。膝の後ろを蹴られ、石丸がプールに落ちる。一瞬の驚愕が響き、ずぶ濡れの石丸が呆気に取られた顔を出した。朝日奈は笑う。石丸には、朝日奈の孤独は決してわからない。そして、石丸の孤独は、朝日奈には決して届かない。冬の空は眠たく、生ぬるい幸福に満足などできるはずもなかった。遠く遠く遠くへ、誰よりも高く空の彼方へ、誇りかに放たれる生命の弾丸に、朝日奈はずっとなりたかった。
「石丸なんか死んじゃえ」











イッコ
朝日奈と石丸。
髪の毛は何度も脱色したのでごわごわに傷んできれいにまとまらずに広がる。それをろくすっぽ櫛も入れずにざっくりと分け、生え際で結わえると江ノ島盾子の出来上がりだ。髪の毛には自分で手を入れるなと言われていた。今をときめくスーパーモデルの盾子には専属のスタイリストが5人もついている。髪だの服だの爪だの肌だのをちゃきちゃきといじくられて誕生日のプレゼントみたいに仕上げられ、長い手足を惜しげもなく晒してジャングルのようなカメラの前に立ちながらであっても、盾子の脳みそは今をときめく超高校級の絶望である。悪巧みが得意な顔だとついこの間寝た某誌の編集長が言ったので、盾子は彼のからだの上で思いきり背中を反らせてやった。案外こういう身も蓋もない(、という言い方は正しいのだろうか?)男の方が自分の本質を見抜いているような気がする。睦言などは寒気がするのでそういう方がいい、と盾子は思っている。手櫛でざらりとかき分けられた髪の毛は必ず男の指に絡むので、つまりそういうことよ、と盾子は既に割り切っていた。
戦刃むくろの髪の毛は長く伸ばされることがない。戦場においてはそれこそ髪の毛一筋が生死を分けることすらも稀ではないという。だからむくろは髪の毛を伸ばさない。いつでも肩の辺りで無造作に切られたつややかなむくろの黒い髪。今度いつあっちに戻るの。スニッカーズをかじりながら盾子はグラスに牛乳をどぼどぼ注ぐ。水着のグラビアを控えているのでマネージャーに甘いもの禁止令を出されている。割に旺盛な食欲で盾子は牛乳をあおった。しばらくは行かない。つっけんどんなむくろの声はこれでも常態であり、むしろ機嫌がいいな、と盾子は思った。昼間から盾子がいることが嬉しいのだろう。ここしばらくは忙しかったのであまりむくろに構っていない。飲む、と牛乳を指すと少し考えてから飲むと答えた。別のグラスを出して牛乳を注ぐ。手を伸ばせばなんにでも届く生活に、戦場帰りのむくろはまだうまく馴染んでいない。リビングのテーブルの上で組まれたしろい手の甲にはフェンリルの刺青が掃かれている。
何人殺したの。むくろの前にグラスを置いて、自分もその向かいに座りながら盾子は言う。覚えてない。むくろは両手でグラスを包むように持って、そこに目を落としながらやはりつっけんどんに答えた。戦争だから。幾百万人殺せば征服者、っての、こういうのも。ジャン・ロスタンか。むくろは意外そうな顔をして、冷たいグラスを吹くようにした。幾百万人もはいなかったかな。そうして少し考えてから真面目な声で言う。少なくともわたしたちは一人も死ななかった。まさに絶望だね。そうでもないよ、とむくろのそばかすがわずかによじれた。人為的に引き起こせるものなんて絶望とは言わない。その言葉に盾子は自分のからだを両腕で抱く。ああっもうッ、残念なお姉ちゃん!椅子の上で大袈裟に身をよじる妹の姿にむくろは目を丸くした。なに。あのねえ、と盾子は真っ赤な付け爪の指をむくろに突きつける。あたしたちは人間なのよ。叡知の申し子考える葦なのよ。煙か土か食い物しかないなら死んだ方がましだわ。そうじゃないの。
むくろは静かにまばたきをして、息を吐くように笑った。そうだね。盾子もまたにまりと笑う。当然よ。わたしたちもつくづく業が深い。椅子に深くもたれ、天を仰いでむくろは言った。無防備な真っ白いむくろの喉。つまりそれらは"叡知ある"人間の為すべき所業でしかないのだ。死んだ方がましだわ。盾子は自分の言葉をもう一度頭の中で繰り返す。超高校級の絶望の溶かし込まれた混沌は、投げ込まれた言葉に歓喜しているように波打った。笑みを消すとむくろが首を起こして盾子を見る。盾子ちゃん。身を乗り出したむくろの冷たい手は盾子の首筋を撫で、頬を撫でるとごわごわの髪の毛をするりと滑り落ちた。煙か土か食い物でいいと闘う姉には。盾子は長いまつ毛をまたたかせる。あたしの気持ちをわからせてあげてもいい。語るべき理想を盾子の中に探すむくろは、やはり人為的に引き起こせる絶望でしかない。盾子はにこりと笑った。誕生日プレゼントのように着飾る自分は、やはり全き絶望のための贈り物であるべきだ。
オーヴンが鳴り、キッチンタイマーや電子レンジや、その他いろいろな音が唐突にリビングに溢れる。盾子もむくろも口をつぐんだまま、豪勢な料理が次つぎ並んでいくテーブルを挟んでじっと見つめあっていた。食べよう。顔が映るほど磨かれた銀のナイフとフォークを手に取り、盾子は屈託なく笑う。むくろも同じように食器に手を伸ばし、いただきます、と囁くように言った。明日は雑誌のインタビューとCMが2本。水着を合わせてからカメラマンと食事をして、たぶん寝る。全く自分は添え物だ、と盾子は思う。いつか世界を巻き取る絶望の添え物だ。全く身も蓋もない。未来もない。ウサギのマスタードソースにフォークを突き刺すとだらりと透明な汁が滴った。マケドニアの食卓よ、と言うとむくろは少し笑った。これで満足しておくしかない。










リビンオダイナーマケドニア(マケドニアのディナーをリビングで)
盾子とむくろ。
征服者の食卓。
不二咲千尋のいいところはよく笑いよく泣くところだ。と、以前そういう内容のことを言っていたと友人伝いに聞いてから、江ノ島盾子は不二咲の憧れの女になった。何事も真面目に、必要以上に真面目に考え込んでしまう不二咲よりも、何倍もきれいな笑顔で江ノ島が笑っていたからかもしれない。いつも、いつでも。江ノ島盾子というのは底抜けに明るくまた底抜けに優しく、それでいて甘えたところや媚びたところなど微塵も見せない、女神のような少女だった。勉強こそ不二咲が大きく彼女を引き離していたが、それ以外の部分では、彼女に勝っている点など自分にはないと不二咲は思っている。すらりと伸びた手足に美しい髪と顔。申し分なく恵まれた身体。それを誇ることもしない、ひまわりのような江ノ島。そうして考え込む不二咲を見てまた江ノ島はひまわりのように笑う。不二咲はほんとにいい子だね、と。だからあたしは不二咲が好きだよと、江ノ島は誰憚ること堂々と言ってのけた。いつでも。
あくまでも彼女は憧れであり尊敬でありあるいはしても栓ない卑下に根差した甘だるい崇拝の対照であった。そこに幾ばくの親愛もないことを、不二咲以外の誰が知り得ただろう。もしくは他に不二咲が江ノ島盾子を憧れや尊敬で遠ざけようとしていることを、知っていた人間がいただろうか。不二咲と、江ノ島盾子の他に、誰が。よく笑いよく泣く不二咲にも信頼に足る友がいて、どこかで会えば声をかけあえる友人ならばそれよりも多くいた。不二咲は決して孤独な人間ではなかったはずだ。それなのになぜ、と思う。なぜ江ノ島にはそれが見透かされていたのだろう。不二咲の緩やかな孤独を渦のようにやわらかにかき混ぜるしなやかな白い手は、いつの間にか江ノ島のそれになっている。美しい江ノ島盾子。彼女を遠ざける理由を、不二咲にはうまく説明できない。不二咲の胸の奥の奥に鍵をかけて隠してあるものを、盾子の美しい目がいつでもじっと見ているように思えていたからかもしれない。またはそれさえも幻想であった。
光の前に立ち竦むことは怖い。不二咲の信頼に足る友は、よく笑いよく泣く不二咲を笑顔で光の前に追いやる。目を射るほどに眩しい暴力的圧倒的な真実の前では、泣いても笑っても隠し事などはできないのだ。仲よくしてやってくれという無責任な言葉のあとに、あたしと不二咲はもう仲いいじゃんクラスメイトだし、という能天気な江ノ島の声が響いたとき、自分がどんな顔をしているのかさえ不二咲に想像する余裕はなかった。ただ、そのとき不二咲の脳内を支配していた恐怖は、江ノ島がこちらを向いてにこりと笑った瞬間にかき消えた。ひまわりのような、江ノ島盾子。不二咲を江ノ島に託して気を利かせたつもりか先に帰ってしまった友の背を、先ほどまではあんなに恋しがっていたのに。そんなに怖がらないでよ。江ノ島は困ったように笑う。あー、あたしでかいし声うるさいけど、噛みついたりとかしないから。不二咲はおずおずと笑う。江ノ島さん、迷惑じゃない?迷惑?ぜーんぜん。そう言って江ノ島はまた笑う。
紋土も怜恩も悪いやつじゃないけど気ぃ利かないねーやっぱバカだから。江ノ島の言葉に不二咲はくすくすと笑う。ボクふたりとも好きだよ。ふたりともすごく優しい。へーえ、と見上げた江ノ島の横顔が驚くほど優しく微笑んでいて、不二咲は安堵する。不二咲は普段なにしてんの。あー、どこで遊んでるとか、家でなにしてるとか。不二咲は小首をかしげた。あんまり外では遊ばないかなぁ。あ、でも、大和田くんとか桑田くんはよく声かけてくれるよ。家では、と、不二咲は少し言いよどむ。自分が開発したいと思っているもののことを、江ノ島は理解してくれるだろうか、と思った。顔を上げると盾子もこちらを見ていた。優しい目。不二咲は結局ごまかすように笑う。江ノ島さんってすごいね。仕事とか。がんばってるし。そーでもないよ、と、即座に返事があった。いろいろめんどいよ。でもまぁ、欲しいものがあるからね。欲しいもの?そう、と江ノ島はなんでもないように笑った。不二咲にはわかるでしょ。不二咲は目を見開く。
欲しいものならあった。喉から手が出るほどに。形のないものを欲しがるには不二咲は現実主義に過ぎた。また、弱かった。光に射られ、その眩しさを恐れ、『そうされるのが怖かったから』江ノ島に向かって笑ったりした。江ノ島に蔑まれたくはなかった。自分が、心のどこかで、彼女を取るに足らないものと蔑んでいるように。江ノ島のしろい横顔はそれ自体がひとつの絵画のように美しかった。そうなりたかった。叶うならば、美しく強く咲き誇るひまわりのような女に生まれたかった。江ノ島盾子のような女に。あたしは不二咲のこと好きだよ。唐突に江ノ島は言う。なにを考えてても、これからどう変わってしまっても、あたしは不二咲が好き。だから大丈夫。不二咲は不二咲の思った通りに生きればいいよ。その言葉に、心の奥に隠したものがかたかたとわめく。不二咲の視線に、江ノ島はこぼれるように笑った。あたしたち友だちじゃん。ね、不二咲くん。
こぼれた涙を拭ってくれた指先は、孤独をかき混ぜて渦を生む指ではなかった。緩やかな孤独をかき混ぜてかき混ぜてなかったことにする、魔法のような江ノ島盾子の指先だった。










鈍涙
不二咲と江ノ島。
汚い女だ、というのが最初の印象で、当分それは変わることはなかった。だらしなく笑いながら自分をねとりとした目で見つめてくる腐川に、十神はどうしてもそれ以上の感想を持てなかった、とも言える。尊大でそれゆえに狭量な十神の百万本の針のような無慈悲な言葉にすら、腐川は堪えた様子もない。名前の通り神経まで腐り爛れ落ちているに違いないと思っていた。十神の姿を見るたびに、腐川は締まりのない口元をますますゆるませ(笑いかけているつもりなのだろう)、胸の前で小刻みに手を振って見せたりもする。十神になにかしらのいらえを期待しているのならばそれはおぞましい行為でしかなく、そうでないのだとしてもせいぜいが無意味の一言で切り捨てられるような、どうしようもなく愚かしい目障りなそれを、腐川は十神を見るたびに必ず繰り返す。必ず。退屈が煮詰まったようなシェルター暮らしだったが、十神にとっては一瞥の価値もない女だった。有象無象。永遠に続く明日。鉄と妄執の檻と、腐川冬子。
超高校級の文学少女と称される文壇稀代の新星にはあるまじく、腐川は下品にニタニタ笑い無意味な錯乱を繰り返し、相手の厚意を卑屈に踏みつけては周りの神経を無闇やたらに逆撫でしていた。それだけでは飽き足らず、妙に気に障る独特の言葉で相手を詰っては反感を買い、結果彼女は誰からも疎んじられていた。こんな生活でなければ誰も腐川に構いはしなかっただろうし、腐川もまた誰も必要とはしていないような素振りを崩しはしなかった。いっそ潔いまでの排他性には妙に光るものがないでもなかったが、やはり腐川は十神にとってはそれだけの取るに足りない女でしかなく、これからもそうであると容易に想像はできた。なにを期待しているのかはわかりたくもなかった。幼稚な好意をだらだらと溢しながらこちらをじっと見る、腐川の目はごみ溜めにふと流れ澱んだ油のようにいやに濁って、それにもまた感に堪えるものが感じられないでもなかった。結局はそれだけだと、糸を切るように簡単に忘れてしまえるものではあったが。
十神の研ぎ澄まされた感覚が腐川を注視するに至ったきっかけはそんなことではなかった。そんな些細なことでは。腐川は言った。十神くんは前からずっと素敵だった、と。前から。十神はわずかに眉を寄せた。おれとお前は以前にも会ったことがあるというのか。あああるわ。腐川は妙に確信に満ちた声で頷く。だだって、あたし、十神くんのこと覚えてる、もの。十神くん前もあたしを汚いって、つまらん女だっていい言ったわ。覚えてるのあたし、き記憶力は、悪くない、から。十神は読んでいた本から顔を上げた。腐川は妙に幸福そうにニタニタと笑っている。いつのことだ。そう問いかけると腐川は途端に笑みを消して項垂れた。わわから、ない、わからないの、それは。消え入りそうな言葉尻に妄想だなと嘲笑を叩きつけると、腐川は顔を上げた。とと十神くんは覚えてないの。覚えてないわよね。だってみんな覚えてない、もの。あはあははあははは、と引きつるように笑う腐川の目は、いつになく熱を帯びてしとりと深い闇のようだった。
胸の前で指をぐるぐると組み合わせている腐川の顔を改めて眺める。見覚えは、もちろんなかった。こんな下品な女。言い様のない苛立ちが腹の底から込み上げてくる。怒りのあまり吐き気がした。妄想に違いない腐川の言葉が、かつて自分と腐川が出会ったことがあるなどという有り得ない過去が、自分は前にも腐川のこと汚い女だと言ったという作り話が、どうしてこうも自分の心臓をめちゃくちゃに叩いて叩いて止まないのだと。腐川の言葉はその音のひとつひとつを十神の健やかな神経に絡めては、なにも知らない十神を嘲笑うように通り過ぎていく。不愉快だった。どうにかなりそうだと思った。なにも知らない十神を当たり前のように眺めている腐川が許せなかった。幼稚な好意をだらだらと溢しながら、締まりのない顔で笑って、そのくせいらえがあるなどという期待は始めからしていなかった。何故なら腐川は既に十神に破れていたからだ。彼女だけが知る未知の過去において。
白夜さま。腐川はひひひっと卑屈に笑った。こここれでも、思い出せない?あたしの。
腐川の手にはいつの間にか鋭い鋏が握られていた。

不二咲千尋が死んだのはそれから少し経ってからだった、ような気がする。









神様と暇潰し
十神と腐川。
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