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ダンガンロンパ他二次創作ブログ。 ごった煮で姉妹とか男女とか愛。 pixivID:6468073
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その指をわななかせたものが脳をとろかすほどの歓喜であったことを、彼らは蔑むだろうか、と思った。それだけの瞬間に起きたそれだけのことはたったそれだけで彼女の全身に彼との性交を蘇らせる。荒れた手のひらは彼女のすべらかな肌を何度も往き来し、投げ出された雪のような肉体を熱い息に絡めて征服した。彼は。スナイドルに馬を駆る大昔のコンキスタドールのように。性急な愛撫とその果てにあるまっしろな下り坂と、そこをあたまを下にまっ逆さまに落ちて落ちて落ちた奈落の底のような場所に咲き乱れる淫らな花花と、それだけが彼との性交の全てだった。果てしなくだらしなく引きも切らない波と波と波と波のような。彼女の肉体には隠された黄金の山も豊かな地味も秘密の魔法もなかったが、限りなくそれに近いものをあの頃のふたりは分け合えていたのだと、そんなことばかりを思い出す。彼女の愛してやまない絶望のうちに。
愛するものに殺されることの幸福は、江ノ島の胸をあたたかな気持ちで静かに満たす。この上ない絶望のもとで愛するものに裏切られて死んでゆく愛するひと!彼の幸福を江ノ島は信じている。過ぎた日々に彼女をかき抱いたしなやかな指が、今はもうあおい肉の色に腐り始めていても、江ノ島の長いまつ毛はほとびる気配もなく、悠々と艶やかに天を向いていた。彼は幸福のうちに絶望して死んだのだ。ゴルゴダに殉じた神の子と彼の死と、それすらなにも違わない。彼の生命を奪ったのは彼が犯した罪がもたらした無言の手招きなどではない。彼を殺したのは彼がかつて信じていた有象無象と、そして、この指だ。しろく長くしなやかな彼女の指が押したたったひとつのスイッチが、その行為が、彼を今や遠い場所に奪い去っていった。その指でかつては彼のひふを髪を撫でたこともあったかもしれない。
あの頃、と呼べる時間が江ノ島にもあった。あの頃。膨大な時間を湯水のように流し、取るに足らないことに一喜一憂した、気恥ずかしいままごとのような、あの頃。きれいに箱に詰めて江ノ島の一番大事な場所にしまってある、あの頃。レオン。あの頃自分は彼を愛していただろうか?あたしらきっとろくな人間にならないよね。自分はあの頃未来などを思っていたのだ。愚かなことに。彼はなんと答えただろうか。やはり性交のうちにその言葉は沈められたのかもしれない。彼は、馬鹿で愚かでどうしようもない男だった彼は、江ノ島の言うようにろくな人間にはならなかった。ろくな人間になる前に死んでしまった。江ノ島のしろく長くしなやかなたった一本の指が、彼から全てを奪った。
望んでいたとは言わない。ただ、こうあればいいと願ったのは確かだ。レオン。江ノ島は無惨にぶらさがる桑田の体の前に膝をつく。レオン。骨まで砕けたその脚にうつくしい顔を寄せる。あたしら、やっぱろくな人間にならなかったよ。どーしょーもないね。桑田は江ノ島に優しかった。馬鹿みたいな優しさだった。セックスばかりしていた。伝え合い分かち合えるものならば、なんでも試してみようと。それが愛だったのかは、江ノ島にはやはり思い出すことができない。桑田が馬鹿みたいに優しくて、いつも馬鹿みたいに笑っていて、そのくせ行き場のない場所に、いつの間にか行き詰まってしまったのだ。たったふたりで。それを愛と呼ぶのなら、ありとあらゆる世界が愛である。淫らな花花は枯れ落ち、腐った褥に残されたものは、愛の残酷な模倣に過ぎなかった。
なので殺すことにした。江ノ島の全ての愛を費やし、桑田の全ての愛を燃やし、それで彼を殺すことにした。十字架の神の子。人殺しの桑田。絶対の絶望に目を閉じうなだれる、その幸福!江ノ島は笑う。これで許してよ。千の硬球が彼を砕いて磨り潰し、江ノ島はこれから毎晩彼に殺される。スナイドルの征服者。こうして江ノ島は絶対の絶望を手に入れることにする。千の愛が彼を殺したならば、万の愛で彼に心臓を渡そう。あの頃さえも言わなかった馬鹿みたいな言葉が言葉が言葉が、江ノ島からエキソドスのように流れて止まない。









エキソドス・ゼロ
江ノ島。
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苗木からもらった花束は世話も虚しく枯れてしまったけれど、弓場の左右に誇りかに散る堂々の桜の群れは、それよりもなお虚しいと感じた。ひどく寒々しくそのくせどろりとした、言うなれば儚さのようなものが凄むような幽玄を霧切に迫る。奇妙な高揚がそこになお燻るのを止められなくなる、ほどの、息までも止めてしまいそうな生命の繚乱、そして盛衰。憧れに似た錯覚だった。こういう光景を、あたかも待ちわびていたような。霧切は目を細める。抜けるような青空の下で、あるいは朧月星辰あえかな闇で、そこでもなお桜がこれほど美しいのならば。生きてここを出てそれを見るまでは、決して死ねないと思った。そう思った自分をくだらないと思ってしまった。苗木のくれた桜の花束の、花弁が腐れて散り落ちた枝ばかりを後生大事に持っている自分を。生命の繚乱盛衰。今では足元には卒塔婆の海な自分たちであった。
桜の樹は九本ある。どっしりとした幹を並べ、屋内にずしりと根を張る。同じ階にある植物園といい、屋内のしかも最上階に植物が植えられているのは、あまり座りのいい眺めではなかった。地面を引き剥がして空に浮かべたような皮肉さに、霧切は薄く微笑んだ。生涯大地から遠ざかって生きろ。それが誰のメッセージかはわからない。ふと。風もなく枝が揺れた。数度まばたきをして、霧切は眉をひそめる。なに。思わず短い驚愕がこぼれた。霧切に一番近い桜の樹の、その幹に寄り添うように男がひとり立っている。赤い髪と引き締まった肉体。耳にはいくつもピアスを開けている。桑田くん?霧切は息を飲む。桑田はじっと霧切を見つめていた。どす黒く濁った目の、その奥は深い闇に沈んでいる。
霧切は首を巡らせ、喉の奥にかすかな悲鳴を飲み込んだ。桑田の立つ樹の、弓場を挟んで向かい側の樹の下には、真っすぐな長い黒髪と細い頤のきれいな少女が立っている。さらにその後ろ。柔らかな髪の毛をした、パンプキンスカートの華奢な少年。長ランにリーゼントを揺らす険しい顔をした長身の男。黒髪を短く刈り込み、白い詰め襟をきっちりと着こなす姿勢のいい男。メガネをかけてリュックを背負った、せいの低い丸々とした体型の男。豪奢な巻き髪と衣装の、抜けるほど肌の白い作り物のような少女。陽に焼けた筋骨隆々の逞しい手足をセーラー服から突き出させた女。そして一番奥。そっけない黒髪と長い手足の飾り気のない少女。霧切はまばたきをした。心臓がごとごとと低く喚いている。
桜の樹の下の彼らは、なにも言わずに黙って霧切を眺めていた。虚ろな目にたっぷりと闇を湛え、ただ静かにそこに立っている。あまりに無造作な生命の繚乱盛衰の、そのことごとくを蔑むように。霧切は知らず噛み締めていた奥歯から力を抜く。足元に寄せては引く卒塔婆の海の、成れの果てとはこういうことなのかと。恨んでいるのかしら。霧切の声にいらえはなかった。ただ佇むだけの彼ら。霧切はそっと微笑む。幻想の中の痛々しい影法師のような彼ら。地面を引き剥がして空に浮かべたそこで、せめても静かに眠りたいと言うのだろうか。(違う)彼らの虚ろな穴のような目の、そのひとつひとつに霧切が願って止まないものが詰まっている。ここではないどこか違う楽園へ旅立っていってしまった彼ら。今さらなにを言うのだとしても、もう遅い。彼らは確かに奪っていったのだから。
幻想の中の痛々しい彼らが、もっと生きたかったと願う顔でなかったことは、少なくとも霧切を慰めた。卒塔婆の海に溺れる此岸。地面から引き剥がされた彼岸。桜の樹の下には死体が埋まっている。学園中の死を吸い上げた、鬼気迫る幽玄の繚乱盛衰。霧切は彼らを静かに見つめ返した。今さらなにを言うのだとしても。もう遅い。死は死でしか購えない。生が生でしか願えないように。祈れないように。幻想の中の痛々しい影法師には、すべてが遅すぎたことであった。もっと生きたかったと願うまでもなく。霧切がまだ死ねないと誓うまでもなく。
後ろから足音が近づいてくる。霧切さん。苗木の声が耳に届いた瞬間、幻想は消え失せて彼岸は現実へと繋がる。なに、見てるの。霧切は答えなかった。込み上げる思いを口にするには、霧切は強くありすぎた。儚い願いを真っ白に真っ白に塗りつぶして塗りつぶして、そうすることでしか購えない彼らの死を、どう足掻いても苗木にはわかってほしくなかった。すべてが遅すぎたことでしかなかった。分かち合って、傷つく、までもなく。
枯れた枝はその日のうちに棄ててしまった。









基次郎先生
霧切。
小さい頃から将来の夢はと訊かれるとむくろは決まって強くなりたいと言っていて、それが気に入らなかった。むくろは強くなりたくて強くなりたくてそれが高じた結果、銃や火薬や断末魔やありとあらゆる汚い戦争に手を染めて、それでもそれをよしとしていた。たぶん、平穏というものに、生まれつき縁のなかった女なのだと思う。むくろは他人の死や不幸や壊滅の隙間でしか、うまく息をすることができなかった。強くなりたくて強くなるということが、むくろの頭の中ではこういう形にしかならなかったのだと考えて、当時はあの女のすること全てを笑っていたが、今はそうではない。そういう風にしか生きられないに違いない馬鹿な女だと、むくろのことを哀れむようになった。あながち間違った解釈でもないと思う。むくろが一番最初に間違ってしまったことは、平和な日本に生まれ落ちてしまったことだろう。硝煙に希望の霞む国などに生まれていれば、むくろはこんなに余計に苦しむことはなかった。
平和という結果を求めるための戦争について、むくろは冷淡なほどに無頓着だった。むくろに対して覚えた初めの齟齬はそれだ。戦うべくして起きる戦いに、殺すべき敵と、破壊すべき街と、勝ち取るべき勝利があって、理由などはその添え物に過ぎなかった。あの女にとっては。虐げられる民衆や、掃討する敵の何百倍もの無辜の非戦闘員の、ひとつひとつの生活や生命には、むくろは毛ほども興味を示さなかった。泥水を啜り、夜の森を這いずり、敵の心臓に弾を叩き込む。それがむくろの戦争の全てだった。むくろが失踪して三年。失われた三年間でむくろは人を殺した。たくさんの人を殺した。殺人鬼になって帰ってきた。銃や火薬や断末魔やありとあらゆる汚い戦争に染め上げられた手をして。言葉は見つからず笑顔も作れなかった。ただ、むくろも向こうで死んでくればよかったのに、と、本気で思った。その熱を今でも覚えている。ここはおまえの居場所ではないと。本気で。
「だからなのかもね。あたしたちには場所が必要だったの。それだけよ」
代わりにあたしには平坦な日常とグラスに注ぐ水みたいな称賛と視界を飛ばすフラッシュと着せ替え人形みたいな肉体があった。むくろのいない三年間であたしはそういう人間になった。たぶんむくろはあたしのことを救いようのないバカだと思っていたと思う。だけどお互い様だ。あたしはむくろの三年間を全て聞き出し、代わりにあたしの三年間を洗いざらいぶちまけてやった。クソみたいな連中にドロドロに汚されたあたしの肉体はクソみたいな連中にピカピカに飾られフラッシュを浴びせかけられて、ピカピカに飾られたあたしの肉体を褒めたその口が今度は猫なで声であたしの違う場所を褒める。捌け口はどこでもよくて今のむくろは要するにあのクソみたいな連中にとってのあたしだよ、と言った。悲しんでほしかったわけでも苦しんでほしかったわけでも、ましてや同情なんかがほしかったわけでは、決して、なかった。
「結局おなじことして喜んでんじゃん?みたいな。そういうことなんじゃない」
むくろには銃や火薬や断末魔や死や不幸や壊滅が必要で、逆にあたしはなんにもいらなかった。そのときのあたしにはなんにも必要じゃなかった。
「だから作ったの」
「あたしたちの楽園」
むくろが生きて戻ってきたときにあたしは絶望した。あたしが、むくろが生きて戻ってきたことを喜んでいたから。死ねばいいと思ったのに。本気で思ったのに。あたしたちはあたしたちの全てをかけてあたしたちを殺すことにした。あたしたちを突き動かしたのは、きっと、あの瞬間だった。銃や火薬や断末魔やありとあらゆる汚い戦争に染め上げられた手で、むくろがあたしを抱き締めた、あの瞬間だった。
「ありとあらゆる思惑に汚されたあたしには、あのときのお姉ちゃんがとても眩しかったのです」

「それだけだよ」

「他に理由がいる?」









ステーション墓場
江ノ島。
朝日奈がランドリーに行くといつも葉隠がそこにいる。よれよれのペーパーマガジンを読みながら空っぽのランドリーに向かって、朝日奈が入ってくると首だけで振り向いて、ようおれの嫁、と笑う。いつも。嫁じゃないよ。否定はランドリーに行った数だけ繰り返してはいるが、葉隠はいつもそう言う。物語を半端に止めたペーパーマガジン。空っぽのランドリー。すっかり乾いて板のような質感になった洗濯物の群れ。ようおれの嫁。奇妙に快活な葉隠。最初のうちは葉隠の前で洗濯をするのが嫌で、彼の姿を見ると朝日奈は部屋に引き返していたが、変化のない日々に惰性めいた倦怠はいつしか朝日奈を無頓着にした。机に尻を乗せて雑誌を繰る葉隠の背中を回り込んで、一番奥のランドリーに洗濯物を押し込む。蝕まれたのは朝日奈だけではない。すすぎは一回だべーと訊いてもいない一人言の葉隠の目は、ずいぶん前から雑誌を追うことをやめている。
朝日奈は椅子を引っ張ってきてランドリーの前に陣取る。低い唸りでランドリーは回り、唸りが立てる単調な水の音は眠気よりもむしろ不快に近かった。朝日奈にとって水は濁流でしかない。荒々しく掻き分けられ耳の横で渦巻く濁流。鏡のように澄んだ水面の先頭を喰い荒らす、朝日奈はいつでも侵略者だった。それがまるでずっとずっと昔のことのようで、その冷たい手のような感触に喉の奥が締め上げられる。あんまりじっくり見てると酔うべ。その言葉にふと横を見ると、じっとこちらを見る葉隠と目が合い、朝日奈はわずかからだを引く。そんなにビビらなくてもいいべー取って食ったりしねえべ、と冗談ともつきかねることを言い、アッハッハと葉隠は恐らく無意味に笑った。結局は真面目なことを長くは考えられない朝日奈だ。食われちゃ困るよーとつられるように相好を崩す。
葉隠はなぜか得心げに頷き、うんうんそれくらいでいいべ、おれの嫁はそうでないと、としみじみと言う。あたしはあんたと結婚したりしないよ。そうとも言い切れないべ。葉隠は朝日奈をまっすぐ指差す。おれの占いは三割当たる!じゃあ七割は外れるんじゃん。まぁまぁ待て待て皆まで言うな。おれの占いによると、ここを無事に出られたおれと朝日奈っちはめでたく結ばれて子どもを授かるべ。最初の子は男の子だべ。なにその生々しい占い!?驚く朝日奈に葉隠はさらに続ける。ちなみに出られなくても結ばれるべ。もっと嫌!アッハッハと葉隠は笑う。まぁどっちにしろ朝日奈っちはおれの嫁だべ。なもんであんまり考えるのは母体にもよくないべ。朝日奈っちはバカだから難しいこと考えすぎると頭がパンクするべ。はぁ、と朝日奈は深々とため息をつく。バカはどっちよ。同病相憐れむってやつだべ。その言葉に朝日奈は困ったように笑う。
朝日奈はいつでも侵略者で、ただ頂点を目指してひたすら走り続けることだけを望んできた。ふと朝日奈は言う。あんたを殺したらあたしは出られるね。そうだな。無人のランドリーで、葉隠はいつでもここではないどこかを見ている。でもおれは朝日奈っちを殺さないべ。なにもかもが時間を止めた場所に、馴染むまいと足掻く行為は虚しいだろうか。朝日奈っちはおれの嫁だからな。濁流に挑む自分に葉隠は手を伸ばすだろうか。伸ばしはしない、と朝日奈は思う。朝日奈は侵略者だ。いくつもの敗北の上にしか安らげない。だから諦めておれに食われちまえ。今だって。朝日奈はにっこりと笑う。孤独なランドリーの下に、いくつもの死を積み上げて、それでもなお笑ってしまうのだ。思い出すものを確かめては捨てるように。あたしたちどうしようもないね。だろ。葉隠は感情の読めない顔で笑う。同病相憐れむってやつだべ。そんなもんだ、おれとおまえなら。
「退屈は遊びさ」
そのほかを望むことを、許すだろうか、と思った。










コインランドリー
葉隠と朝日奈
誕生日にりぼんのついたヘアゴムを贈った同じ日に、姉がよこしたのはおもちゃの拳銃だった。ピンク色の水玉模様の、その当時彼女が持っていたワンピースに一番似合うヘアゴムは、結局一度も姉の髪には飾られることはなく、それからのその日は彼女にとって気の鬱ぐだけの日になった。姉がよこしたおもちゃの拳銃は学園に入る前に家から持ってきた。今も手元にある。家では埃をかぶるばかりだったばか臭いおもちゃが、気づけば彼女の心を強くしていたことに気づく。気づかなければよかったと思った。安っぽい銀玉鉄砲。あれは当時姉の気に入りのものだった。拳銃をもらった自分は果たして喜んだのか嘆いたのか、それが今でも思い出せない。りぼんのついたヘアゴムを受け取った姉が喜んだのか嘆いたのか、それを思い出せないのと同じように。しかし確かに挫折の始まりはここだった。そんなことには今でも気づかないふりをしていられる自分が誰よりなによりばか臭い、と彼女は思っている。
気は鬱ぐがその日は年に一度必ずやってきて、必ず彼女をひどく傷つけた。ヘアゴムの次はおもちゃの指輪を贈った。きれいな海色のがらすのついた指輪だったように記憶している。姉からは小さな戦闘機のプラモデルを貰った。その行方は覚えていないので、もうどこにもないかもしれない。姉というのは昔から掴み所のないひとで、その印象は彼女の中で影のように奇妙にぼやけたままだ。今もなお。優しいのか優しくないのかすら曖昧だが、少なくとも邪険にされたことはなかったように思う。彼女も同じだった。姉に優しくした記憶もなかったが、疎んじていたわけでもない。ただ、自分と姉の容姿が似ていることと、誕生日が来ることだけが耐えられなかった。努力家の姉と爛漫な妹で、いつまでもいられたならば、それにも耐えられたのかもしれない。いつか分かたれると気づいていたからこそ。彼女は長いつけまつ毛の目を伏せる。耐えられなくなったのだ、と。
姉には夢があった。そのために姉は彼女の前から消え失せた。さよならも言わずに。どうせならそのときに別れてくれればよかったと思う。姉は姉が無表情でよこす拳銃や戦闘機そのもののような人間だった。彼女の心にはなにひとつ引っ掛からない。会話も気持ちもうまく馴染まなかった。お互いがなにを考えているか、知ろうともしなかった。今思えば、似ているだけの容姿が皮肉なほどに。ばか臭い。彼女はおもちゃの拳銃を指先でくるくると回す。モニタには安っぽいドラマのような殺害現場が映し出されていた。死体が発見されました!定型文アナウンスはあらかじめ吹き込んである。恐怖に、困惑に、嫌悪に、絶望に、かつての友人たちの顔が歪む。ここまでくればただの茶番だ。もうそろそろ諦めればいいのに。彼女は首を反らし、こめかみにおもちゃの拳銃を押し当てる。引き金は引かない。それを引くのは、すべてが済んでからと決めている。
彼女が最後の誕生日に姉に贈ったのは、真っ赤なエナメルの付け爪だった。姉からの贈り物はまだ届いていない。









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