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ダンガンロンパ他二次創作ブログ。 ごった煮で姉妹とか男女とか愛。 pixivID:6468073
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夜型の人間には夜の楽しみ方などいくらでもあるのに、健全なリア充であるところの彼らはそれを否定ばかりする。山田は憤っていた。明け方に寝てウキウキのお昼休みに合わせて起床し、原稿をこなす傍ら壺の場所で実況及び笑顔のこぼれる場所での新着動画閲覧を始め、そのまま次の明け方まで突っ走る山田のライフスタイルなど、彼らには到底理解など得られそうもなかったからだ。元学園のシェルターにはもちろん各種インフラ設備が完備されており、外界と隔離されるとはいえ外から手に入るものもないわけではなかった。週間跳躍、日曜、王者、薬莢、他にも各種漫画やゲームやDVD等の供給が定期的に必ず行われることを条件に、山田はシェルターに入ることにした。当然突っぱねられてしかるべき要求であったし、そのままシェルター入りもご破算になればいいと思って提示した内容だった。山田は次の世代へ希望を残すためのバトンになどはなりたくなかった。昼のただ中に笑ったり語ったり恋をしたりする、そういう人間は願い下げだった。
江ノ島盾子というのは山田のような人間が忌み嫌いリア充爆発しろと願うところの筆頭のような人間で、頭も尻も軽そうなどうしようもない産廃女だった。クラスの中でもシェルターの中でも、浮いたような浮かないような話題ばかりが付きまとっている。男なら誰でもいいのかと思いたくなるような、その素行は別け隔てがなかった。夜は22時には寝室に引き上げ、夜間の出歩きを禁じるように決まってからも、江ノ島はちゃらちゃらと平気な顔で歩き回ってはときどき原稿に勤しむ山田のところに遊びに来たりもした。最もその決まりは誰も守ってなどいなかったが、それでも言い出しっぺが堂々とルールを無視するのはどうだろう、程度のことは、引きこもり体質の山田でもちらりと思わないでもない。やーまだー。江ノ島がインターホンを連打するので、山田はのそりと座布団がぺたんこになった椅子から立ち上がった。あまり廊下でうるさいと桑田辺りが怒鳴り込んで来かねない。
あのおー。扉を細く開けるなり江ノ島は山田を押し退けるように部屋に入ってくる。でぶでぶ今なにしてたの。言いながら作業机に置かれたパソコンのマウスを勝手に操作している。ちょっと待ったああああ!戦車のように突っ込んでくる山田から華麗に身をかわし、江ノ島はニヒンと笑ってベッドにあぐらをかいた。江ノ島盾子殿ー、拙者締め切り間近で大変焦っておるのですが。封筒に納まるものならばシェルターから外に出すことも可能だった。主催者直々に声がかかったコズミックプリティレイナのアンソロジー原稿にはここ二週間全力で打ち込んでいる。間違ってデータでも消そうものなら山田は江ノ島を一生許さないところだった。江ノ島はくせえくせえとケタケタ笑いながらベッドをころころと転げている。長い脚を強調するようなペチパン姿だが、山田はなんの感情も催さなかった。三次女は産廃、だ。でぶでぶーコーラちょーだい。甘いものは控えているくせに江ノ島は山田の部屋ではよく飲み食いする。
ペプシよりコカの方が好きだ、という点が、一番最初の共通点だった。次はリサ・ローブ。江ノ島がハミングしていたまさにその曲が、もちプリでアレンジされ挿入歌として使われていたのだ。他人のような気がしないね、などという江ノ島の言葉は話し半分に聞かざるを得ない。江ノ島は昼の人間だ。太陽の下で笑ったり語ったり恋をしたりするリア充。江ノ島たちが昼を遊ぶおなじ時間だけ、山田は夜を遊んで孤独に強くなる。あたし夜って好きだよ。週間王者を勝手に読みながら江ノ島は嘯く。だったらルールなんか作らない方がよかったのではござらぬか?あっそれはダメ。江ノ島は顔を上げる。守る気がなくてもルールはルールだから。守れないやつから死んでいくの。ええーそんな大事!?信号と同じよ、と江ノ島は平然と言い放つ。コーラを豪快に飲み干すしろい喉が生々しく動いた。あたしは夜が好きだし、ルールをちゃんと守るでぶでぶも好きだよ。腕で唇を拭って江ノ島はほがらかに笑う。なんと言おうが昼の人間だ。山田にとっては、江ノ島は。
江ノ島たちがいくつもの昼を遊んで強くなるように、山田はいくつもの夜を這って強くなる。そういうときには決まって江ノ島は足音を忍ばせて近づいてくる。昼も夜も遊んで、そのくせに守るべきものを主張する。他人のような気がしない。かつての山田には、夜しか味方がいなかった。山田。江ノ島はベッドに仰向けに横になる。たまには外で遊ぼうよ。そういうことを言うから、江ノ島は山田の中でどうしようもない産廃女に過ぎないのだった。希望も絶望もなく、ただこの中で腐って死んでいけるなら、それが一番いいと思っていた。昼のただ中に、笑ったり語ったり恋をしたりするような、馬鹿げた人間に成り下がるくらいならば。おかしなことに江ノ島とは他人のような気がしなかった。江ノ島にはことのほか夜が似合ったからかもしれない。江ノ島はいつもニヒンと笑って、あたしら友だちじゃんね、と言う。決まってそう言う。
夜は22時には寝室に引き上げ、夜間の出歩きを禁じるように決まったときに、山田の脳をかすかにくすぐったのは、似たようなことを前にも誰かが言っていたな、という記憶にも満たないデジャヴュゥだった。










灯火管制及び戒厳令の序
山田と江ノ島
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じゃらじゃらといかつい装飾品をぶら下げた赤毛の耳は、先端がかすかに赤らんでそれが冬を思い出させた。桑田は厳重に閉ざされた正門を、それしかないようにうろうろと落ち着かない様子で歩き回っている。立ち止まると不意に訪れる癖を、ないことのように振る舞いたいのだろう、と思った。野球なんて泥臭いことは好かないと豪語した桑田は、それでもときどき手の指を曲げてなにかを確認している。後ろの二指を深く畳み、人差し指と中指を大きく広げて軽く曲げる。大和田は野球には明るくなかったが、その指の曲げには見覚えがあった。桑田の手は上背に比べて大きく、指はすらりと長い。それこそ超高校級のフォークを投げるのだろうと大和田は思った。打者の手前で深く沈むフォークは桑田に似ていると思う。握手の手を突然引っ込めて嘲笑するような。フォークやチェンジアップの握りで手首を効かせ、それに気づいてふと腕を下ろす桑田を、大和田はここに来てから何度も見た。
桑田は細く削った眉をいつもいらいらとつり上げ、気短な言葉を吐きながら、一方では舞園や江ノ島への下心を隠しもしない。初日に大和田が大神とさんざん殴った鉄の壁はのっぺりと冷たく、監視カメラとガトリングに睨まれた正門は息がつまるばかりの場所だが、桑田がなぜここに好んで足を運ぶのか、大和田はわかりかねている。それも自分の前に立って。大和田は面倒が嫌いなのでこの場所が好きだった。なにかしている気になれる。それがびくともしない壁をただ撫でているような、極めて無意味な行為でしかなくても。先ほども桑田は苗木と連れ立ってやって来た舞園に、大言壮語としか思えないような夢をしゃあしゃあと語っていた。幸せな野郎だ、と思う。落ち着かない桑田はそれでも大和田の目にも障らない。目的があって、それが甘ったるく溶けやすいような夢みたいなものならば、そういうものを持っているやつが一番幸福なのだ。少なくともこの場所では。そして、こんな馬鹿げた状況では。
冬の籠坂峠の凍った路面で、先頭を走る兄の後ろを脇目もふらずに駆け上がったときよりも、深夜の環七で荷を満載したデコトラと競ったときよりも、自らが事故を起こしたときよりも事故を起こさせてしまったときよりも。何故だろう、と大和田は思う。何故こんな場所の方が死に近いのだろう、と思う。鉄に囲まれたこんな場所の方が、冬の指先よりもずっと血なまぐさいのは。ふと目線が桑田にぶつかる。左手を垂らし、右の脇を絞め、軽く上体を捻っている。スイングの体勢だ、と思った。桑田の引き締まった腕は、どんな豪速球も美しい彗星のように流す。甘ったるく溶けやすい馬鹿みたいな夢があって、それは少なくとも桑田には、大和田の持たないものがあるという揺るぎない事実だった。その甘さが、大和田には取るに足らないものだったとしても。それでも桑田はまだ、忘れようとしたものを忘れられずにいる。どんな気持ちなんだろうと思う。棄てようと決めたものに救われるというのは。
桑田と目が合う。細い眉がつり上がる。剥き出した白い歯の、犬歯がひどく鋭い。なに見てんだ。桑田の低い牽制に、大和田はなにも言わなかった。虚勢を張るのは得意だった。この中の誰よりも。大和田は目を反らす。うるせえな。別に見てたわけじゃねえよ。桑田は舌打ちをして、両手を細身のパンツのポケットに突っ込んだ。そうしてまたいらいらと歩き出す。大和田の目には決して障らない。もしかしたら桑田は、そうやって悔いているのかもしれない。忘れようとしたことそのものを。大和田は頭の後ろに触れた。昔むかしの傷がそこにはある。おまえ。不意に向こうから話題を振られて、大和田は顔を上げた。桑田がまっすぐにこちらを見ている。殺せるか?低く短い問いだった。ひどく簡潔な、しかしその言葉を聞くまで、大和田は忘れていた。大和田にはないものを持っている桑田には、そうするしか活路はないのだと。幸福な桑田。冬みたいな赤い耳をした桑田。
そうか桑田は殺せるのか、と大和田は思った。そして、桑田ならそうするだろうとも。返事のない大和田に堪えかねたのか、桑田はまた舌打ちをして背中を向けた。桑田の甘ったるい夢。馬鹿げた夢。それでも桑田は幸福だ。持っているのだから。持たざるものの、それを、桑田ならなんと呼ぶだろう。苗木なら、舞園なら、大神なら。答えはない。桑田の指が今度はシンカーを握る。冬のようだ、と桑田は思った。ドラム缶で起こした焚き火の、その一筋を掬うような。おい。大和田の声に、桑田は振り向かなかった。振り向いたら、殴ってやろうと思っていた。冬の指先とそこに燃える火と、桑田と大和田と、いつか舞い降りる死の影。この場所はずっと死に近い。持っていることだって虚しい。そのことが大和田にはわからない。大言壮語に騙されて、桑田は泣いているようにも見えた。『ほっといてほしいのおねがいだから』血なまぐさい鉄の箱には自分と彼らが孤独なばかりだ。

ほっといてほしいのおねがいだから
目をつむるわ
なにも
見えないように









ヒトリ
大和田と桑田
お誕生日おめでとうございます。
リスペクト谷川俊太郎「ひとり」
宇都宮で出会ったあのひとに恋をしたのだ。
生まれて初めての恋は、彼女に極上のロイヤルミルクティの味だけを刻んで花のように散っていった。梅雨の頃だ。セレスはそのときの自分の格好も覚えている。モワ・メーム・モワティエのワンピースにクエスチョンマークのエナメルレインブーツ。アニエスベーの薔薇模様の傘を差してセレスは運命のひとが失われるのを見ていた。人好きのするふくよかな顔と体。糊の効いた服ときれいに切られた爪。セレスをまるで一流のレディのように恭しくもてなす仕草。柔らかな言葉。繊細さとはほど遠いその指が魔法のように淹れる魔法のようにおいしいミルクティ。そうしてそれよりも遥かに熱くセレスの心を溶かした、穏やかで優雅なその笑顔。彼のする全ては、どんな言葉よりも雄弁にセレスの中に響いた。まるでオーケストラのように。未だにそのときの甘やかな陶酔を棄てきれていないのかもしれない。セレスはあの日以来、決して埋まることのない深い谷を抱いて生きている。
どー考えても有り得ないと思うんだけど。江ノ島はセレスのベッドに腰掛け、左足を右の腿の上に引き上げて爪を磨いている。上の空だ。そうですわね、とこちらも半ば上の空でセレスは優雅に脚を組む。江ノ島は部屋着のショートパンツ姿で、ともすると下着が覗いてしまいそうな奔放な姿を昼でも夜でも改めもしない。なにか召し上がります?いらなーい。江ノ島は爪に丹念にやすりをかけ、かざしてしげしげと眺め、またやすりを動かす。豊かな洗い髪が江ノ島の顔の周りでしっとりとわだかまっているせいか、普段よりもこの部屋は湿度が高い。セレスはブサ専なんだね。丹念に磨いた爪を眺めながら、江ノ島は感心したように言った。その言葉に、セレスは優雅にカーヴした眉をはね上げる。とんでもありませんわ。わたくしは美しいものしか愛したりしませんの。江ノ島はマスカラなどつけなくても濃く長いまつ毛の下の、わずかにくすんだような色の瞳をセレスに向けた。この目には覚えがある。セレスは唇をそっと吊り上げた。
江ノ島は挑戦的な仕草で脚を床に下ろし、それをすらりと組む。憎たらしいほど。セレスは思う。憎たらしいほどこの女はきれいだ。きれいで、非の打ち所がない。そのくせ江ノ島には決定的に足りないものがある。なにが足りないのか、それは百戦錬磨のセレスにもわからなかった。なに考えてんの。思っていたことを先んじて言われ、セレスは莞爾と微笑む。明日の朝食のことを。ハッと江ノ島は下品に鼻で笑う。そんなはすっぱな仕草すら、この女にかかればなんとも麗しい。今ごろあの肉ダルマ、不二咲オカズにオナってるかもね。セレスは目を細めた。幼稚な挑発は、放った江ノ島さえもその効果を諦めるほどに無意味に床に落ちた。セレスはすいと立ち上がり、江ノ島の肩にそっと手をかけてそのまぶたに唇を押し当てた。江ノ島は身じろぎもしない。ボディバターだかトリートメントだかの、バニラの甘い香りがする。しっとりとわだかまる江ノ島の長い洗い髪。
あのひとの美しさは、わたくしだけがわかっていればいいんですの。セレスは口には出さずにそう囁いた。思わぬ近距離で覗き合う瞳には、この上なく幸福な(そう見えるに違いない)が小さく映り込んでいる。馬鹿馬鹿しいほどの幸福の模倣。江ノ島はその爪を誰のために磨くのだろうと思った。誰かの背中に突き立ててしがみつくために磨かれるのだとしても、そうして万が一にも、その爪が彼の背中の豊かな肉を掻きむしる日が来るとしても。セレスは江ノ島の冷たい頬に冷たい手を触れさせた。そのときもきっと自分は、こうやって優雅に、穏やかに、満ち足りたように、笑っているに違いない。彼の美しさは、自分だけに思い至ることができる桃源郷だ。江ノ島ごときの女には、たどり着くことさえ叶わない。やりたいの。江ノ島は笑った。セレスは意味ありげに微笑む。わたくしの純潔は愛するひとに捧げると決めていますの。残念、と江ノ島は笑った。やはりこの女はきれいだ、と思う。
宇都宮で恋をしたあのひとには既に愛するひとがいて、そのことはセレスの中で永遠に埋まらない果てしない峡谷になったけれど、その代わりにセレスを強く美しくした。その磨き抜かれた絶望が、あの雨の日にわたくしを訪なわなければ。セレスは思う。きっとわたくしに残るものはなにもなかった。今ならばわたくしはそのために「死んでも構わないと思っていますのよ」江ノ島はセレスを一瞬眇め、それからゆっくりと、空気を押し出すように笑った。こんなこと言ったらあんたは怒るかもしれないけど。江ノ島がしゃべるたびに、頬に添えた手のひらがかすかに揺れる。あたしとあんたは似てるよ。あんたがなんと言おうと。セレスはまばたきをする。仕方のないことだ。それも運命なのだから。あのひとに恋をしてしまったことが、あきれるほどに素直に恋をしてしまったことが、これからセレスをさらなる絶望に引きずり込んだとしても。江ノ島はにやりと笑うとセレスの白磁の頬に唇をかすめた。
希望の高みの、雲も見えない光の最中で、あのひとに恋をしたのだ。
そして運命は七番目のラッパを吹く。








リリアン・ジェニック・ソー・スカイ・ハイエスト
意外と愛嬌がないでもない彼は不快の塊そのものであったが妙に前向きで、少なくとも諦めて腐っているようには見えなかった。腐川の曇った目に見えなかっただけで、そこには彼なりの葛藤や焦燥や憤懣が渦のようになだれ落ちていく場所があるのかもしれなかったが、少なくとも彼は腐川にはついぞそんな醜いものを見せなかった。腐川にとって彼の感情の吹きだまりを想像することなどは、墓場に赴く若い象ほど無意味で無価値な行為であった。空想に筆を走らせ理想の海を汲むふたりではあったが、それ以上に相容れない部分が多すぎた。最期まで半ば決裂状態であったことを、この場合は幸運と呼ぶのだろうと腐川は思う。不快の塊である彼の脂と手垢にまみれて濁ったリビドーなど願い下げであった。それでも彼が死んでしまったことについて、腐川はまだうまく言葉を選びかねている。惜しむ気持ちはない。厭な男だった。それでも死んでしまうなんて、と、ここまで考えて腐川の思いは筆を止める。
えぐられたような記憶の穴が責め立てるものは、いつも無くしてしまった時間に生じた出来事たちだ。肌寒いほどに冷やされた生物室の、無機質に明かりを灯す箱の前に腐川は無言だった。ここに彼の巨体が納められているとは信じがたいほどに、その箱は冷たく、固く、素っ気ない。いつでもこの世にはない理想に諾う彼の、これが、結末でよいのだろうか、と。ひくつく鼻の奥に腐川は慌てて両手で口を覆う。くしゃみをこらえて洟をすすった。無造作に並ぶこの箱には死が詰まっている。もの言わぬ醜い塊たち。彼の隣に眠っているはずの在りし日の美姫は、焼けただれ拉がれて見るも無惨な死体となった。無くしてしまった時間に腐川の前から永遠に消えてしまった、かつては笑ったり歩いたりしゃべったりしていた彼らも、今ではここで永遠の眠りを漂っている。戦うことを諦めた、あるいは戦いに破れた彼らの眠りの、どれほど輝かしく美しく幸福であるかを思う。腐川はまだそこには行けそうもない。
彼のことを考える。腐川が思う、最も美しい方法で世を去った、彼のことを考える。俗塵にまみれ下心に満ち溢れ、腐川にとってなんの価値もない生ごみのような彼は、彼の愛する者のために手を汚して死んでいった。下らない妄想に血道を上げ、吹けば飛ぶような落書きにありとあらゆる願いを詰め込み、叶わない恋に歓喜し絶望し、しかしそれは、自分とどこが違うだろう。空想に遊び理想に溺れ、それでも彼は死んでいったではないか。腐川はスカートを撫で付けてそっとしゃがむ。順番で言えば、彼はここに眠っているはずだった。彼を殺した美姫を、彼は決して恨むまいと腐川は確信している。薄汚れたリビドーを、画面の向こうの恋人を、生きていれば巡り会うべき幸福を、彼は悉く擲った。すべては彼女のためだったのだ。腐川は赤くなっているであろう鼻を手のひらで擦る。いつか自分も。そう思おうとしてやめた。墓場に向かうのは死期を悟った象でなければならない。今の腐川では、それは無価値でしかなかった。
腐川冬子殿は魚の骨のようなひとですなぁ。彼の能天気な声が蘇る。馬鹿にされているのだと思って返事はしなかった。その意味はわからない。彼の真意は彼と共に遠く遠くの星になった。それが正しいのだと腐川は思う。ただただ、今、悲しくて仕方がないのは、やるせなくて仕方がないのは、これもまた正しいのだと。汚らわしい彼とは二度と口を聞きたくはないと思っていた。願いは叶えられたはずだったのに。そのはずだったのに。
「君子は冠を正しゅうして死ぬものだ、」
愛のために死ねる朝を見つけた彼が羨ましかった。そんなことを言えば皆は笑うだろうか。








子路魚骨に流星と消ゆ
腐川。
わたくしは殺されるのを待っていましたのに。
十神が足を止めたのは深夜を大きく回った静かな脱衣所の、その入り口だった。リボンとレースと嘘と方便で飾られた人形のような少女は、その膝に発光するノートパソコンを抱いて優雅にそこに座っている。長いまつ毛の奥のがらす玉のような目の、その奥に見え隠れする火のような光に、逆しまに映る自分の顔の微かな驚愕には、十神は気づかない振りをした。背中を刺す針のような敵意は、十神が部屋を抜け出したときからひそやかに彼にまとわいついて離れない。霧切を驚異としている点では、間違いなく十神もまた目の前の少女、セレスティア・ルーデンベルクと同じであった。ごきげんよう、十神くん。にこやかに微笑むセレスの顔は、脱衣所の光の下なお抜けるように白い。こんな時間にこんなところで、貴様は何をしている。十神の言葉に、セレスは口元を華奢な指で覆った。十神くんと同じことを。そんなことは彼女の膝に抱かれたアルターエゴが雄弁に語ってはいたが。
ならば茶でも持ってきてやろうか。十神の皮肉にもセレスはにこやかな笑顔を崩さない。あら、いいですわね。でも食堂は閉まっていますわ。お約束は明日でもよろしいかしら。飄々と言い放つセレスに十神は薄い唇を笑みの形に歪めた。聞きたいことがある。十神の言葉はよく磨がれた氷のように響く。父祖から譲り受けた才覚の一片か、十神の言葉にはどこか有無を言わせない奇妙な力強さと酷薄さがあった。大概の人間ならば、ただ盲目に頷いてしまうほどの。しかし。わたくしもですわ。セレスはその刃を受けてなお悠然と言葉を返す。無論、笑顔を絶やしもしない。先に言え。短い沈黙の後に、十神は顎をわずかに動かす。セレスはそれでは、と愛らしく小首をかしげ、不意に目を開いた。どうして彼を殺したのです。十神は眉を動かす。何の話だ。不二咲くんのことですわ。セレスの白い指が物憂げにノートパソコンを撫でる。沈黙のアルターエゴの表情は、十神からは見えない。
アルターエゴの作者、不二咲千尋は彼の信頼した友人の手にかかり命を落とした。ほんの数日前のことだ。その捜査線上を興味本意で掻き回した十神の行為は、結果的に彼の秘密を底から暴き、白日の元に晒してしまった。人道的なことを言うんだな。十神の言葉に、セレスは唇の端を持ち上げる。なにを仰っているのです。ふ、と十神は息を吐いた。生前の不二咲千尋に会ったのは、犯人を除けば彼女が最後だったということを、十神は思い出していた。気づいていたのか。ええ。セレスは微笑む。いつから。あなたが思うよりも、ずっと前からですわ。嘘つきはすぐにわかりますの、とセレスはしなやかに脚を組み替える。わたくしも嘘つきですから。十神は眇でセレスを睨む。あなたでしょう?「彼女」を殺したのは。その言葉に、十神は一歩脱衣所に踏み込んだ。セレスからは濃密な薔薇の香りがする。その白く華奢な首筋。がらす玉のような目。深い闇のような少女。いずれ驚異になるのは。十神は手をゆっくりと握り締める。
十神を尻目にセレスは両手にアルターエゴを抱いてつ、と立ち上がった。お茶のお約束、楽しみにしていますわ。十神の横をすり抜けてロッカーにアルターエゴを戻し、ゆっくりと歩み去ろうとしたセレスは、脱衣所の入り口でふと肩越しに振り向いた。そう言えば、十神くんもわたくしに聞きたいことがあったのではありませんか。不意に毒気を抜かれた十神はまばたきをした。喉の奥でくつくつと笑う。貴様なんかにくれてやる言葉はない。その言葉にセレスはお手本のように可憐に微笑み、おやすみなさいませね、と冗談のような優雅さで一礼をして去っていった。脳の奥が痺れるほどの薔薇の香りを残して。まるで闇に融けるように。馬鹿な女だ、と十神は思う。嘘つきは、悲しむことさえまともにこなせないらしい。未だに敵意を隙間なく投げかける霧切のことを考える。輝くような夢を、あるいは夢のない眠りを、静かに漂う有象無象を考える。いずれ驚異になるのは、紛れもない、人間だった。
確かにあの瞬間、自分の手に流れ込んできた途方もない殺意は、あるいは、そこにぶちまけてしまえて幸福であったのかもしれない。人形のような女と得体の知れない敵意と首狩りを待つ羊の群れと、その中で、自分だけが人間であるような錯覚を、セレスは残らず拭い去った。不愉快だった。どうしようもなく不愉快だった。十神は、あのときセレスに何を問おうとしたのかを忘れていた。彼の誇り高き血がそうさせたのかもしれない。乱れ爛れて流れ去るだけの、次は、あの女を汚してしまいたいと切り捨てた。










乱爛流
十神とセレス
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