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ダンガンロンパ他二次創作ブログ。 ごった煮で姉妹とか男女とか愛。 pixivID:6468073
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右手には格闘ナイフを持っている。人差し指の長さほどの、一直線に腱や臓器を狙うためのものだ。さすがに刃にはカバーを被せてあるが、それを差し引いても十二分な凶器であった。丸腰の少女が相手ならば、特に。そもそも人間は誰しも呼吸という動作を行っており、呼吸をしている以上、酸素を体内に取り込み全身へ巡らせるためのメカニズムがあり、それを行うための器官、すなわち血液及び血液を内包した血管が皮膚一枚隔てた場所にならばどこにだって存在しており、その存在がある以上、人体は急所だらけである。手がつけられないほど多量の出血、あるいは塞がれない出血は必ず死に至る。必ず、だ。盾子はどうでもよさそうな顔で髪の毛をいじっている。いつもの制服姿で、白い肌が沈んだ照明の下ではまるでつくりもののように見える。まさに雑誌から飛び出してきたままの、誰もが憧れるカリスマギャルそのものだ。それでも、むくろがほんの一瞬、呼吸のタイミングを変えただけでその目はむくろをじろりと捉えた。今しかない、と思う刹那がある。むくろは迷わず飛びか
かった。
盾子の左肩に自分の右肩を押し当て、そのまま横腹をひと突きにするイメージが、むくろのからだのほんの僅か手前、コンマ数ミリの場所を駆け抜けた。手がつけられないほどの出血、に濡れるはずの右手だった。コンマ数秒前までは。空を切ったからだに、体温が上がる。頬を盾子の髪の毛が撫でた、と思った瞬間、むくろは迷わず床にからだを投げ出した。転がりざまに立ち上がる。左足首が引っ張られるように痛んだ。盾子はあの一瞬で、むくろのからだを右肩で突っ放しながらかわし、おまけに左の足首を引っ掛けながら背後に回り込んできた。なるほど、と思いながら右の爪先を滑らせる。つまらなそうな盾子の顔。美しい、いとおしい、江ノ島盾子。みぞおちを狙った左の掌底は、肘を拳で受け流されて盾子の服を掠めた。とたん、盾子がバランスを崩す。右足首を外から折り込まれ、盾子の呼吸が僅かに詰まった。脇腹に肘を突き入れると、呻くような声を上げる。盾子。盾子。さして手応えがなかったのは、盾子が脇腹を突かれる直前に僅かに腰を引いてからだを曲げていたからだ
。反動で飛びすさる、かと思いきや、今度はむくろの脚が外に引っ張られた。低い姿勢から伸び上がろうとする盾子に、鎖骨の窪みを目掛けて右手のナイフを振り下ろす。カウンターの一撃は盾子の左腕の自由を奪う。はずだった。しかし、ひたりと脇腹になにかが吸い付いた。ひどく冷たく、しなやかなもの。爆音(にしか聞こえなかった)にはじかれて、むくろは背中から床に落ちる。あの一瞬で、盾子はむくろの脇腹に手のひらを当て、軸足で思いきり床を蹴るのと同時に掌底でその体を吹き飛ばして見せた。爆音は床と盾子の靴底が反発した音だったらしい。内臓にまで響く衝撃にめまいがする。仰向けに倒れ、背中を打ち付けて呼吸が詰まった。
起き上がろうともがくむくろの体を跨いで仁王立ちになった盾子は、氷のような眼差しでむくろを見下ろす。丸腰のアタシに勝てないなんて、本当に残念なお姉ちゃん。言うなり盾子は踵を返してすたすたと去っていく。後片付けは頼んだよ。振り返りもせずさらりと吐き捨てるその口調は、先ほどの簡潔な罵倒とは別人のようだった。受けたダメージとはまた違う、ぞくりとした甘いしびれが走るのを背中に感じる。飽きっぽい盾子は自分自身にさえも飽きっぽい。むくろにとっては永遠にも等しく途方もない幸福であったこのやり取りも、次に顔を合わせたときにはもう忘れているのだろう。むくろが盾子を本気で殺そうとしていたことだって、盾子にとっては彼女を取り巻く絶望のほんのエッセンスにしかなり得ない。しかし、ただのギャルに返り討ちに合ったむくろのプライドは、たったそれだけのことで甘やかに守られるのだった。滑稽にも。
明日にはすべてが始まる。だから、今日はすべてが終わる日だ。祈るような気持ちで挑んだ死合いは軽々と一蹴され、むくろのすべては今ここで終わった。ここから先は、戦刃むくろではない。絶望として、大いなる絶望の礎として、むくろは死ぬまで戦い続ける。ただただそのために、そのためだけに今日まで生きてきたのだと、そう信じているうちに死ねるよう願いながら、世界を切り刻む絶望となる。「盾子ちゃん」いとしい妹の名を呼ぶ。ここから先、死ぬまで呼べないかもしれない名だ。世界はどこまでも花開いていく。百万の星の爆発に彩られ、(わたしの)絶望は永遠となる。









ギミ・ギミ・アドベント
絶望姉妹。
超高校級の絶望前夜祭。
ぴっしぶ再録。
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目の前に開けなければならない扉があった。そこを開くと船上だった。
まるで金属でできた箱のような無機質な部屋(部屋?)は、ゆっくりと上下左右に揺れながら軋んでいた。がらんとした空洞にひとつきりくり貫かれた、波打つガラスの窓からは呆けきった青さが轟くので、思わず目を閉じる。まぶたを刺されたような痛みに、指で軽くそこを揉みながら、目を開く。今度はゆっくりと。紛れもない船上である。青空と青海原と沸き立つしろい波が網膜に襲いかかり、夢の中から唐突に現実に投げ出されたような漠然とした名残惜しさが、背骨の辺りから胸を揺する。小泉は窓の外を見るのをやめ、視線を右の掌に落とした。しろい掌だ。なにか大切なものを握りしめていたような気がする。のだが、思い出せない。やっぱり夢だったのかと再び窓の外に視線を投げる。呆けきった空と海の合間に、無遠慮に置かれた石くれのように島陰が見える。ジャバウォック島だ、と、脳裏に名前は当たり前のように浮かんだ。行ったことがあったかしら、と、思い浮かべただけで愚問だと気づく。自分はあそこで死んだのだ。たくさんのたくさんの血を流して。
ねえ。呼び掛けは自然に唇から溢れた。あたしたちどこに行くんだろ。さあな、と素っ気ない言葉は思ったよりも近くで聞こえた。肩越しに振り向くと、小山のような背中が見える。気障な白スーツがやけにくたびれて見えるのは、彼もまた死んだからなのかもしれない。などと思う。彼もまた、あの島で死んだ。たくさんのたくさんの血を流して。十神の背中はそれとわかるほどに憔悴していた。と、言うよりも、あれは本当に十神なのだろうか。あの島ではあんなに自信満々で、小泉にとっては理解しかねる使命感に突き動かされているようだったのに。小泉はじっとその背中を眺める。あたしたち、死んだはずじゃなかったっけ。小泉の言葉は無機質な空洞に僅かに反響して、十神はようやく微かにあたまを動かした。そうだな。そうだな。小泉は口の中でその言葉を繰り返し、胸に下がったカメラに触れた。大切なカメラだが、もう写真は撮れない。かつての小泉が、それを壊したのだった。絶望を得るために。
部屋はゆっくりと軋んでいる。あたし、ほんと役立たずだね。自然と笑みが溢れた。不思議なほど。カメラキャラなんだからさ、手掛かりの写真くらい遺せればよかったのにね。ひび割れたレンズを細い指で撫でる。指先に引っ掛かるのは、いつだってかなしみだ。でもねぇ、やっぱりできなかったよ。耳をすましても、この部屋には波の音すら届かない。それでも、どうして、と十神は問うた。小泉は微笑む。ともだち、だからかな。あのときの九頭龍の顔。いつだって、彼のかなしみは小泉の胸を刺す。指先に引っ掛けることもできない、彼のかなしみは。ぼくは。十神は振り返ろうとして、やめた。振り返ったところで、そこに虚ろしかないことを、小泉はなぜか知っていた。もう彼は十神白夜ではないのだと。右の掌に視線を落として、小泉はまばたきをする。大切に握りしめていたものは、すべてが誰かを傷つけていった。開けなければならない扉を開ける前の小泉ならば、確かにそれを望んでいたのに。
しっかりしなさいよ。しろい掌を、憔悴の十神の背中にそっと押し当てる。しっかりしなさいよ。不意にくぐもった声に、小泉は驚く。あとからあとから溢れる涙が、なにもかもを柔らかく歪めていく。十神。十神の背中が震えた。果てしない絶望と絶望と絶望と絶望と絶望と、その他にはなにもなかった、自分たちだ。悪夢のような現実に、悪夢であった、自分たちだ。あんなにたくさんの血を流して、それでも、それを歓ぼうとしている。あたしたち、どこに行けるんだろ。十神はなにも答えない。答えない。呆けきった空と海のまん中に投げ棄てられ、空にも海にも、ジャバウォック島にもたどり着けず、それでも彼を恨むことすらできないというのに。そのことを、かなしい、と、思うことすら。











キシャク
小泉と十神。
天国に行けないあのひとたち。
とうとう、と水の落ちるような音が聞こえていた。とうとう、と。その音はとても近い場所から近いまま聞こえていたので目を開いて横を見る。確かにあれの心臓に丸い穴が開いてそこから得体の知れぬものがとうとうと滝のように流れ落ちていたのだ、と、誰かに言ったところで信じられるはずもないだろうが確かにそうであったので、たぶん、本当だ。その穴を塞ぐ術も持たぬまま、とうとうと流れ落ちる得体の知れぬものが尽きるまで眺めていた、ら、ほどなくそのときは訪れてあれの心臓は空っけつのまま静かにしろく固まってしまった。なるほどこれがそういうことか、と思って、あれの心臓に開いた怖いほど丸い穴にゆっくりからだを捩じ込んで目を閉じる。別のもの、が代わりになるのだと、なぜか信じていた。あれは寂しがりだから、と思ったところで、さっきまで呆れるくらいにここから流れ出していたものの正体に気づく。あれにも情というものはあったらしい。からだが希釈されていくのを感じながら、なるほどこれがそういうことか、と思う。
石丸清多夏というのは概ねそういう少年であった。どうせ多すぎる血の気であるならば多少なりとも減らした方が他人のためだ。などとはよく思う。あれは人の気持ちがわからない。あれにとっての他人は、いなくなっても構わない有象無象か、嫉妬の対象かのどちらかでしかない。空っけつのまましろく固まってしまったあれの心臓の中でごろごろと寝返りを打ちながら、遠くの方で高く低く途切れることのない嗚咽を聴いた。あれにも情というものはあったようだ。いくらかは、あれの思い込みと勘違いと他力本願ではあるのだろう、が。かと言ってなにが悲しいのかを問えば、明後日の方から答えを引っ張ってくるのだ。曰く、「彼が死んで悲しい」などと。穴からぬっと首を突き出して外を見たら、あれの心臓からとうとうと流れ出したものですっかり海の模倣のようになってしまったところにあれが立ってこちらを見上げていた。彼が死んで悲しい、などという顔をして。青ざめた虚ろな顔をして。
石丸清多夏という少年のことならば誰よりもよく知っている。それがおまえの答えなのか、と目で問うと、あれは目を反らした。遠くから嗚咽が聴こえる。石丸清多夏にとって、他人とは有象無象であり嫉妬の対象であり、あとは、恨みと憤りを差し向けるものでしかない。ないはずだ。「彼が死んで悲しい」などと、わかりやすいものでわかりやすくごまかして。違うだろう。違うだろう石丸清多夏。それが理由ではないだろう。たったそれっぽっちの理由で、おまえが、悲しむなんて。からだが希釈されていく。それがおまえの答えなのか。本当にそれで構わないのか。あれは、石丸清多夏は、目を反らしたまま歯を喰いしばる、ように見えた。嗚咽が聴こえる。しろく固まってしまった心臓の嗚咽が聴こえる。泣いているのか。石丸清多夏は首を振る。「僕は自分が憎いのだ」なぜ。「気づいてあげられなかった」なにを悲しむ。なぜ。なにを悔いる。「彼は」「僕の」「たった一人の」

嗚咽が途切れ、心臓は動き出した。とうとうと、とうとう、と。石丸清多夏は遠くを見ている。遠くへ、いってしまったものが、あるという。石丸清多夏はとうとうと泣いている。とうとう、戻ってこなかったものが、あるという。

悲しむふりなどやめろ兄弟。おれの前ではそんなものは無意味だ。










迷宮探索先行部隊死シテ屍拾フ者不有
石田。
惹かれた、というほど、惹かれたわけではない。それだけは正しい。今まではロングヘアでまつ毛がバシバシでおっぱいが大きくてミニスカートが似合う、とびきりかわいくて愛情深い、ような相手にばかり熱を上げた。そういう相手だっていないわけじゃない。いや、そういう相手はたくさんいる。テレビやグラビアからそのまま抜け出したナマの肉体で、手の届きそうな近くに。そういう相手には、据え膳食わぬはなんとやらと思いきりかぶりつくのが今までのやり方だったわけで、それをやめてしまったわけではないのに不思議と手を出しあぐねているのは、あれらも尋常じゃないなにがしかであると本能が嗅ぎ取った産物であるのかもしれない。未だ燠のごと燻る、ここ一番ではけして負けることのない勝負師としての本能である。据え膳食わぬはなんとやら、ではあるが、危うきに近寄らないのが君子でもある。だもんで(、というのは彼の好む言い回しだ)、敗け知らずの桑田怜恩とはいえ、ままならぬ事情があるのだ、と結ぶ。
惹かれた、というほど惹かれたわけではない。断じて。そばかすの乗った小さな鼻を窓の方に向けて沈黙している戦刃の、黒く短い髪の毛を下から上に視線でなぞる。戦刃の黒髪は、短い、というよりも、潔い、と言った方が近い気がする。飾り気に乏しすぎて、清潔感よりも無造作が先に立つような少女だ。戦刃むくろはなにをするにしても躊躇なく、よどみなく、流れるようで、潔い。躊躇なく駆け出し、よどみなく歩き、流れるように文字を書き、赤点だって潔く取る。盾子ちゃんにバカだって言われるからとけなげに図書室にこもるも、数分で目を開けたまま寝てしまうような戦刃むくろである。あたまはよくないと彼女自身も言っていたし、真実そうなのだろうといっそ同情にも近いような気持ちで同病相憐れむ、のが、今のところの桑田と戦刃のほとんど唯一の接点と言える。ノートにのたくったみみずの他は真っ白いままのそれを見て、ため息をつく。惹かれたわけではない。断じて。それだけは正しい。
戦刃のしろくて小さな鼻は、粘土で作ったトルソオの、顔のまん中を少しだけつまんで作ったような形をしていて、そこが気に入っていると言えば、まあ、そうなのだろう。あとはそこらにごろごろしているのと代わり映えのしない地味なJKだ。飾り気に乏しい、地味で、無造作な、戦刃むくろ。戦刃が誰かに話しかけたり、誰かと親しくしていたりする姿を見かけたことはなかった。たぶん、誰も。ときどき彼女の最愛の妹に話しかけては邪険にされている。戦刃っちはそういう性癖なんだべとしかつめらしい葉隠にどうということもなく、そういうってどういう、と無造作に返したりする。だから、そういう。ああ、そういう。めんどくさいから大雑把に返そうという意思だけが読み取れる。三人寄れども同じ穴のむじなである。なんとはなしに葉隠の太ももを蹴った。いてえ。田ッチ、いてえべ。戦刃にはなにも言わなかった。別に、そういう性癖でも構わないと思ったのだけれど。言わなくてもよいことくらい、桑田にだってわかっている。
戦刃、と呼ぶと、戦刃は振り向く。無造作に、よどみなく。うすいまぶたがまばたきをした。そういう性癖なのだとしたら。言わなくてもよい上にしなくてもよい妄想がみみずのように脳をのたくる。それはやはり嬉しくないのだろうか。嬉しくもなんともないことなのだろうか。戦刃。飾り気のないしろい顔が一瞬さわと波打った気がした。桑田は手を伸ばす。手を伸ばして、戦刃の鼻をつまむ。粘土で作ったトルソオの、顔のまん中を持ち上げるように。戦刃は黙っていた。黙って、桑田にされるがままになっていた。そばかすの乗った小さな鼻が、指の間で静かに固まっている。嬉しくもなんともないことだ。わかっている。笑おうとして、笑えなかった。そういう性癖だっていいのだ。届かないならば、おんなじじゃないか。苦しいよ、と戦刃は呟いた。思い出したように、桑田、と呼ばわう。桑田はそっと指を離した。変な女。口には出さない。言わなくてもよいことくらい、桑田にだってわかっている。戦刃のまばらなまつ毛が雨のようにまたたくのを見た。惹かれたわけではない。断じて。










さ、乱れ
桑田とむくろ。
炊きたての米と大根の味噌汁、焼き魚に漬け物、だし巻き玉子にのりの佃煮までが添えられている完璧な食卓に、大和田は眉をひそめた。誰が作ったんだ。湯気を立てるほうじ茶をふうふうと吹いて冷ましながら、さあ、とセレスはにこりと笑う。既に箸を取って食べ始めている一同をいらいらと睨み回し、それでも大和田は空いている椅子にどすんと腰を下ろした。毒でも入ってたらどうすんだ。セレスはやはりにこにこと笑いながら、今のところそんな気配はありませんわ、と歌うように応える。それに、そんなつまらないことをするとは思いませんけれど。視界の端では舞園と大神が給仕よろしく茶碗を取りまとめている。大食漢が揃う食卓は壮観だ。彼女たちは間もなく茶碗に山のように米を盛って戻ってきた。根拠はあんのか。大和田は皿に添えられたたくあんをひとつ口に放り込んで噛みながら問いかけた。うまそうな食事を見て腹は鳴き通しだった。彼女が。セレスはぞくりとするような流し目でテーブルの一端を指す。取り澄ましたような顔で霧切が食事をしているのが見えた。
あの女に毒見役やらせたのか。にぎやかに食事を楽しんでいる周りの様子を見る限り、差し当たって危険はないらしい。それだけ確認して大和田は茶碗を手にした。まさか。こちらも澄ました顔で姿勢よく魚の身を口に運びながら、セレスは呆れたような目で大和田を見る。彼女が、毒は入ってないと断言しましたの。食堂に入ってなにか調べてましたわ。へえ、とその頃には大和田は既に話の内容には興味をなくしており、あっという間に一膳を平らげて舞園を呼びつけた。自分でやりなよーと朝日奈が文句を言ったが、舞園は大和田の言った通りにメガ盛りの茶碗を持ってきてくれた。がつがつと米を掻き込む大和田を嫌そうに見て、おめでたいですわね、と言った。あなたも皆さんも、毒さえ入っていなければなんでもいいだなんて呆れますわ。はぁ、と大和田は顔を上げた。その拍子に口に詰め込まれた中身が少しこぼれる。汚ならしい、という顔を隠しもせず、セレスは両手で持った味噌汁の器に唇を寄せた。
口の中身を飲み下し、メシがまずくなるようなこと言うんじゃねえよと大和田は舌打ちをする。すごんでやろうかと思ったが、予想以上によくできた食事に毒気はすっかり抜かれてしまった。くちい腹を無意識にさする大和田を、今度はセレスはなんとも言えないような顔で見た。幸せですわね。なにか言ってくるかと思ったが、セレスは結局そう言ったきりにこやかに笑って席を立った。いつの間にかセレスの食器は大和田の食器の横につくねられている。優雅な足取りで部屋を出ていくセレスの華奢な背中を視線で追い、大和田は舌打ちをした。さりとてさして腹も立たない。皿に残るのがきれいに身をはがされた魚の骨ばかりだったからかもしれない。大和田の周りにはなんとなく甘やかな気配が残って、それがむずがゆい、とだけ思う。見回した食卓では概ね食事は終わろうとしていた。石丸がむやみに声高に、食器は各々で片付けるよう指示を飛ばしている。立ち上がると椅子が跳ねた。幸せなことだ。
すぐ近くにいた小柄な女生徒にこれ頼むわとだけ言って、食堂を出る。背中に甲高い朝日奈の批難の声が突き刺さるが、構わずに大和田はかかとを引きずりながら歩いていく。あの女の言いたいことはわかるような気がする。どうせ、朝起きたらモノクマが食事を作って待っていたとでも言うのだろう。あほくさくてあくびが出る。あの完璧な食卓の完璧な食事を食って誰ひとり死ななかった、それだけが今の真実だ。ベッドに仰向けに寝転び、大和田は腹を押さえる。問題はそんなことではない。よお。声をかけるとまさに待ちわびたようにモノクマが床から飛び出す。なぁに?無邪気に問いかけるモノクマをちらりと一瞥し、大和田はまた天井を眺めた。気のせいか?なにがぁ?モノクマはふわりと首をかしげた。なぜか、にこにこと笑っている気配をまとわせて。さっきの飯、おれはあれを食ったことある気がする。モノクマはわずかな沈黙を挟み、大和田くんがそう思うならそれが真実さッ、と快活に言った。
しばらく天井を眺めていると、今度はモノクマがねえねえと話しかけてきた。あんだよ。あのごはん、おいしかったでしょう?きみたちのこと考えながら一生懸命作ったんだよぉ。おかげで4時起きです、ヨジオキ!ああそうかいと大和田はモノクマを追い払うように手を振る。懐かしい味だった?不意に滑り込んだ問いに、大和田は答えなかった。しばらく黙っているうちに、ぼくは大和田くんの独り言に付き合うほど暇じゃないんだからねッとぷりぷり怒りながらモノクマは消えていった。大和田は寝返りを打つ。セレスや霧切が危惧するほど、あの食事は危ないものではない。と思う。胸にわだかまるものは、懐かしさなのだろうか。モノクマの言う通りに。そう思うなら、それは真実だと。ああ。大和田は苛立たしく唸ってまた寝返りを打った。なにもかもが気に入らない。気に入らないが言葉が見つからず、大和田は目を閉じた。暗闇に答えが浮かぶかとも思ったが、塗りつぶされたままのまぶたにはただ一筋の光すら届きはしなかった。









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